コンテナガレージ

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ご観覧をありがとう。忘れ物をなさいませんよう、今一度座席をお確かめになって1-7

 一時間、二時間とお客の入退出を視覚が捉える。

 その度に不確かだった移転のイメージを膨らませる方向へやっと気分が高まりつつある、店主は送られた移転先の仕様書に目を通した余韻だ、と感じた。

 ランチ終了後、片づけにひと通り目処がついた頃、僕は店を離れた。外から移転先のビルを眺める時間は五分に設定、約二ブロック先だから、赤信号の時間も考慮して片道は七分と長めに見積もる。つまり、約二十分の休憩である。

 事件のことなどすっかり頭から取り去っていた。僕には無関係な、近場で起きた事件だ。取り合うべき対象には決して引き上がらないさ。身近な人が亡くなることで、命を奪う突発的な危険・驚異を事前に法によって守るのだって、事件の再発防止が目的ではないんだ、と何故気がつかないだろう。身に降りかかるまで、無関心を貫き通せる、それが人の機能かも知れない。僕は考えてしまった過去と離別を果たした。極力、身近に関わる影響を取り除いたんだ。そうすれば、足元の居場所を脅かす外力に気分をそがれることは、ほとんどないといっていい。

 こうして世間に寄り添うもの、珍しい、といえる。

 上着を羽織るのを忘れた。多少肌寒い。しかし、我慢はできる。コックコートの生地は厚い、放出物のミリタリージャケットを思わせる。

 通りに出て、左折、北上。極端に人が増える。

 まるで無関心。これだけひしめきあって呼吸、息遣いが聞こえる距離なのに。まるで知らん顔。鈍感、いいや生きるための術だろう。

 だが、似たような端末を手に持っている、似たようなコーヒーのカップを、似たような帽子、似たようなバッグ、似たような自転車、似たような顔。

 交差点、斜めに渡れる信号を待った。数人の待ち人が同様の動作、耳の辺りを押さえる。マダムが自然に行う仕草だった。腕には掘り起こされ発見された貴族が腕に填めたとされる、洞窟の壁画に描かれたドーナツ型の腕輪が光る。なにやら口を動かしてもいるようだ、あれが話に聞いた新製品の端末か、……特殊な青と紫の中間に色が移り変わる様が点滅を思わせる、こうして情報と現実が噛み合った店主だった。

 信号を渡る。斜めに。耳を押さえる若者とすれ違った。いいや、すれ違う間際に視界から消えた。

 すとん、下方に重力に靡いた。

 振り返る。

 道端に倒れた無防備な姿勢。

 ざわめき、短い女性の悲鳴。私はしゃがんで呼びかけた。だが、横断は止まらない。

 ざわざわ、動揺がしだいに伝播。

 店主は言う。「どなたか、救急車を」

「きゃっつ!」後方でまた女性の悲鳴、肩越しに視線を向ける。仰向けに女性が倒れている、傍らに悲鳴を上げた女性が、ひるんで状況を把握、そしてしゃがみ、声を、徐々に大きく呼びかけが高まった。

 呼応するように車のクラクションが鳴る。人垣で状況が見えていないのだろう。

 また、一人倒れた。つまずいたように、壁を作る人の足の隙間から、地面にただいまを言うようにベッドへ寝転ぶ勢いそのままに、人が崩れた。