コンテナガレージ

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ご観覧をありがとう。忘れ物をなさいませんよう、今一度座席をお確かめになって2-1

「届けたら、直接家に帰って。店は僕だけで何とか対処する、手が終えなくなりそうだったら……いや、やっぱり今日の仕事は配達まで」

「戻ります。配達で時給を支払っていただくのです、それに今日は月見客の来店が見込まれます」道路を挟み、真迎えが日本海の荒波。海に浮かぶ月は拝めないものの、二階の窓を開け放った斜め上を見上げる角度は絶好のビューポイントとして去年に個人のネット記事にアップされ、それ以来秋が終わる九月半ばごろまで、月を拝むお客が夕方以降に増えたのだった。常連客は一階のカウンターでしっぽりとコーヒーを嗜み、また二階をよく利用するお客の大半は若者という住み分けが出来上がって、新参者に不平がましい態度は見せず、忙しない感動も気にならない様子であった。

 日井田美弥都は帰還を宣言し、店主に頼まれた配達を果たすべく、S市の中心街へ向った。電車で揺られること約四十分。S駅からは徒歩で南の大通りへ下る、指定された配達先というのは、大通りとその先の繁華街との中間に位置する。地下の歩行空間で南北を繋げているが、美弥都は地上を歩くことを選んだ。候補に挙がる地下鉄も、地上の喧騒に分があった。地下は信号がない上に、広々としていた通路ではあっても、人の往来がそれ以上に増せば、窮屈・息苦しさの度合いは高まって、それこそ人口密度の低さは地上に軍配が上がる。要するに美弥都が嫌う人ごみを避けるには、そちらよりも地上がうってつけ。しかも、地下に人が流れたことにより、地上は観光客とビジネスマンの姿を見かけるぐらいで、どちらかといえば、理想的な空間を地上に作り出してくれた、と前回に訪れた光景と比べた。