もう一名のお客の性別は男だと判明した、店主の真後ろ、背もたれを挟む体温と低音の声が感じ取れる。盲目の女性の大立ち回りに応えた声が室内に散らばった無秩序をかろうじて取り集めた。レッテルが貼られた、あるいは名詞が冠された、とでも言おうか、男との対話以降は、そわそわと席を立たずとも、音量、声量は会話という括りに昇華した。
新しいコーヒーが運ばれる、ウエイトレスはまたもや中腰、よっぽど盲目の女性が異質に思えたんだろう。それか、以前に横暴な振る舞いのお客に出くわした。
水筒を受け取りに来た、彼女に手渡す。
大よその退出時間を聞かれた、最高の状態、つまり淹れたてに近い状態で保温を開始したい店側の配慮はもっともだ、僕は正面の二人に聞いてみた。彼らにこちらの退出を統制してもらう、いつ終わるとも知れない時間の流れに居座る可能性を制限を設けて、離脱を図る、中々いいアイディアではないだろうか、店主は特に種田に判断をゆだね、視線を送った。案の定、彼女は面白みもなく、コーヒー二杯分と言ってのけた。たぶん、ウエイトレスにコーヒー二杯の平均滞在時間を彼女もゆだねたのだ。
いっそのこと、煙草二本分と自然と灰と化す酸化反応にゆだねてしまえば、店主は心残りを久しぶりに味わった。
「およそ三十分」、ウエイトレスは問いかけに応えると、見つかってはいけない物のように水筒を胸に抱えて厨房の消えた。
かちゃり。
ソーサーとカップ、それとスプーンが演奏家に変装、いいや着ぐるみを脱ぎ捨て音を奏でた。
女性と男性の会話、隣席、もう一席に僕ら、お客はまだたった二組であった。そろそろにぎやかな取り止めのない話を持ち込む女性たちや新聞を広げ、週刊誌の解釈も疑いもそれこそ取得に溺れた時間つぶしの奔走を企てる男性は姿をみせない。あまり流行っていない店なのかもしれない、店主は煙を吸い込む、ブラインドの模様は太陽が動いた証拠に陰を薄く、垂直に近づけた。午前十時前である。
「見えていないと誰がいった、突いた杖は足が悪かったからよ」女性の響く声。
「僕に嘘をついたの?」男が言う。
「ええ、あなたの専売特許じゃないのよ、それを教えるため」女性は座ったらしい、対面の二人の視線がテーブルに落ち着いた。
「何ヶ月、目が見えないことを演じた?」
「あなたが私の後をつけてまわるまで」
「気付いてたのか……。でも、どうして、どういう了見で?ありえないよ、信頼とは無縁だったの僕は?」