止めた手を動かす。ステンレスのバット、満遍なく鶏肉に液を浸し、もみこむ。武器は必要だろうか、取材の申し込みも断り続けている。食べて欲しい客層は決まりきっている。むしろ、幅広い取り込みはこのご時世では命取り。
「スープは決まった?」店主は隣の館山に二層に分かれた音声で尋ねる。
「ご飯の量を調整したいと考えます」彼女は言う。「通常と大盛りにチキンライスの量を分けて、選んでいただきます。なので、スープは女性向けに寄った趣向が妥当。前菜もつけます。そうですね、店長の質問は、テイクアウトかどうか、ということですね」先回りした思考、訊く手間が省けた。
「僕の分まで話してくれて助かったよ」
「……コンソメスープはどうでしょうか、無難すぎますかね」
「何故そう思うの?」
「定番だからです」
「君のレパートリーの多さ、手札をお客が知り尽くしていると思うのかい?そこに気を削ぐのはやめるべきだ。望むお客の背後を見据えないと」
「はい」
「いいと思うよ」足元の冷蔵庫にバットごと付け込んだ鶏肉を仕舞う。軽くラップを上にかけた。扉を閉め、張り付くタイマーのデジタル表示を十分に合わせる。スタート。
「物足りないように思います」冷静な彼女の口元がへの字にゆがむ。割合二人のときに彼女は、表向きの固さを無意識にほぐす傾向があるように、店主は感じ取った。
「フランスパンを入れたらどうかな、少し粒を大きめにカットして、手渡す直前に入れる。それとも、薄くスライスして付け合わせるか。するとだ、前菜はジャガイモが合いそうだな」
「私、ブーランジュリーまで行ってきます」二人目、館山も着の身着のままで飛び出した。こちらはしかし、まな板のくず野菜は綺麗に片付いていた。奥に見える、小川の持ち場はジャガイモの皮がステンレスの台に見つけて欲しそうにはみ出す。あのジャガイモは何に使うんだろうか……。
「おはようございます。斜向かいのコーヒーがひどくいい匂いを振りまいて、あれでは真向かいの喫茶店は気が気じゃないでしょうね。あれっ?」十分早く出勤するホール係の国見蘭は厨房を二往復させた重たそうな瞼に、一挙に熱が帯びた。「いつもの二人は?もしかしてえ、まだ来てないんですか?」
「いいや、二人とも、……飛び出していった」
ネコのように首をかしげた国見が、店主を直視。彼女は弾くように瞬きを繰り返した。