コンテナガレージ

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手紙とは事実を伝えるデバイスである4-1

 四F

 三階を後に熊田は四階に上る。エレベーターの故障ではなくて、点検が続いていた。空洞を作業員が覗き込む。下を上を眺めて、振り向く、視線が合った。軽く顎を引いたように見えたが、気のせいかもしれない。路地裏の猫が走り去って、安全な距離から振り返る意味合いと同種のものだろう。

 武本タケルの所在を、数あるデスクで入り口に近く、休憩であろう、背伸びをした人物に尋ねた。右手にずらりと続く白壁、六の数字が武本の個室であると丁寧に教えてくれた。先ほどの作業員に返せなかった挨拶を社員に注いで、熊田は武本の個室をノック。

「はい」素早い応答。

「熊田です」

「どうぞ」

 意外にもすんなりと室内に招き入れてくれた、予想としては安藤の例もあって、どこかで数十分待たされると思っていたからだ。

 武本タケルはデスクのディスプレイに視線を戻した。肩の動きとキーボードの打音から手元の軽妙な動きを想像する。会話は手の動きとは別に動くらしい、座るように言われて、熊田は椅子を探す。折りたたみの椅子が壁に立てかけられ、熊田は壁に寄せた位置で開いて座った。

「勝手に話してください、返答に時間差があるかもしれないが、時間に余裕があるのでしょうから、待ってもらいます。こっちも仕事なので」

「それでは、早速ですが」熊田は意味もなく手帳を取り出した。そこには、安藤アルキから聞き出した情報は一切書いていない、記述は、端的に死亡した社長の名前と死亡推定時刻、それに三名の発見者、武本タケル、安藤アルキ、社ヤエと社長の業務を引き継いだ玉井タマリの四名。重役二名の名前は直接聞いていない、名刺は受け取ってポケットに入っている。「面白そうなことに、先ほど安藤さんのところへ伺いまして、あなたと社長さんの関係性を話してくれました。気を悪くされる前に言っておきますが、私が無理やり彼から聞きだしたのです、あくまでも彼は黙っているつもりだった事を念頭において話を聞いてください」

「どうぞ……続けてください」

「物分りの言い方で助かりました」

「下手な前置きは結構です」静かに途切れない打音が無音を嫌う喫茶店のように間を埋める。

 熊田は咳払い。「私には刑事として調べる義務と権限があります。あなたは社長との生前の関係性を噂であっても確かめなくては。それが仕事というものです。無駄なこと、あるいはわかりきっている事実なども仕事の大半だと自負してる。もっとも大切で、核心を突いたものは、得てして、小さくて一瞬でやわらかく、そして脆いのが通例でしょうか。なので、あなたには正直に、質問に答えていただくことを私は望んでます。外へあなたを連れ出して、事情を聞くことを私はあまり好みません」