「給仕係に扮装した監視ではいけませんか?」O署の刑事、種田の申し出はこれで三回目である。彼の上司、熊田はため息と音声を混合させて回答を躊躇わずに言い放つ。
「何も起こらない前提の監視。とって付けたような我々の任務は、数パーセントの可能性にしか、ねぎらいの言葉をかけてもらえない類のもの。さほど重要性を問わない。しいて言えば警察では人員を派遣しにくいが、申し出相手の手前、無碍には断りにくく、しかも表向きの格好は一般市民に溶け込まなくてはならない、そのため警察には見えない私たちが選ばれた」
二人が所属するO署は北海道S市の隣町に位置し、まだ雪と氷、特に雪解けが徐々に進行するここ数週間の氷の躍進に歩道を歩くスピードを格段に落とさなくてはならない日常に足腰の筋肉が悲鳴を上げる三月の上旬。二人は現在、飛行機と電車を乗り継ぎ、首都に降り立ち、目的地のビル郡を目指し、春の装い華やかな住民たちをかき分けるよう、アスファルトの地面に数ヶ月ぶりのコンタクトを確かめつつ、足を進めている。
二週間ほど続いた捜査がひと段落つき、(正確には熊田たちの関与は初期の段階、犯人の取調べのあたりから上層部に捜査が無理やり引き継がれた)今後の数週間の怠惰を覚悟に決めた予測を裏切る一方が舞い込んだ、それが昨日の話しである。
熊田は一歩遅れて歩く種田を振り返る。種田は春風に舞う砂埃に目を細め、腕を前に見せびらかすポーズ。駅に向かう人は皆一様にマスクをはめている、ウィルスかそれとも花粉の遮断だろうか、そうまでしてこの街に住むべき理由があるらしい。熊田は大量に消費されるマスクの数をざっと計算してみて、健康被害をお客のためにというフレーズで価値を提供する代価の受け取りに微かにわだかまりを見出せた。どうだっていいこと、熊田は思考を歩道に捨てた。自転車が既に活躍の場を与えられた歩道である。