また、行方の知れなかった警官は、美弥都の見立ての通りに殺人事件には介入していなかった。エンジンオイルをまいた事実だけを認め、殺害の犯行は否定した。トンネル内の死体は自分が見た時には死体であったと切実に懇願して無実を訴えているそうだ。加えて、被害者の傷につていは覚えがないと言っている。その点だけが、美弥都も警察も詳細が知れていない箇所であった。
一週間が過ぎて、新しい週の幕開け。月曜日。幕開けの最初は日曜日であるが、誰もカレンダーをみても知らん顔で見過ごす月曜日。美弥都の推理からも一週間が経っていた。熊田と種田は持て余した暇を消化するようにいつもの喫茶店へと足を運んでいた。無論、種田は望んではいない。
開け放たれた車の窓からは熱を含んだ海風が程よく流れてくる。後部座席の窓も数センチ開けているので風は車内を通過してまた外へと出てくゆく。助手席の種田は窓を閉めていた。日焼けや髪の乱れも一向に構わない種田である。種田は日焼け止めを塗ってまで白くなりたいとは思えないようだ。髪型も伸びれば切る。ただそれだけのことであって特段、形や色あいなどには無頓着である。自分が思う綺麗さとはうちから溢れ出る説明の付かない現象を指す。外側ばかり取り繕っている人には一生わからないだろう。
車は悠々と国道をひた走る。トンネルを抜けて坂を登ると左手に海が見えてくる。海の家や錆付いた看板に雨ざらしのボート。海に入るにはまだまだ早すぎる時期ではあるが観光客だろうか、二人連れが砂浜を歩いていた。峠を抜け、トンネルを潜ると再度左手に海。曲がりの大きなカーブを過ぎると第三の被害者が発見された現場への道。そこを通り過ぎてずんずんと先にタイヤは転がる。
2つ先の交差点を左折、坂道を下ると一件目の現場。すでに事故後の処理が施されて現場も綺麗に掃除されているようである。線路を渡り海岸沿いを走って数分で目的地に到着。開店したばかり店内は掃除の後の冷涼とした空気を放っていた。二人はカウンターに座る。暑さを感じはじめた今日の気温にあわせて熊田はアイスコーヒーを注文した。タバコを上着から取り出して吸い始める。ゆらゆらとたなびく煙はもうひとつ。カウンターの奥からも立ち上っていた。店長も喫煙家のようだ。世間ではタバコを吸う人を愛煙家というが熊田にはしっくりとこない。タバコが好きなのではないからだ。むしろ止めてしまいたい思いが強いだろう。
「いつまでこうして日がな一日中猫のようにのんびりと過ごしているのですか?」ピンと正した姿勢で座る種田は事件後の処分には不満足のようだ。熊田、種田、鈴木と相田には事件報告の遅延行為として二週間の謹慎処分を言い渡されていた。さらに低給からの減給も加味されていた。種田にしてみれば、捜査の遅れは管理監の指揮にあると考えていたので下された処分に納得できなかったのであろう。かくいう、それは捜査員誰もが思うことであって彼女だけの心情ではなかった。ただ、管理監は上層部への報告において少なからず捜査がこれほどまでに遅れた理由を説明せざるをえない状況であって、自らの地位を下げないための処置には熊田たちへの責任のなすりつけが必要不可欠であったのだ。事実として、熊田が掴んだ証拠の一部は独断により報告が遅れていた。簡単に非を認めた熊田も管理監の両方に種田は怒りを抱いている。それがもう数日続いていた。