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「する」と「できない」の襲来 1

小説

「する」と「できない」の襲来 1

 穏やかな川の流れに身を任せる浮流な人物を一人、いやもう一人信号を待つ。まんざらこの世界も捨てたものじゃないな、日本正(にほんただし)は満足げに一日の始まりを上半身に浴びた。四丁目の一等地に建つ老朽化したかつての建設会社の北海道支社がこのtall building(ビル)の前身である。日本正は先月の半ばtall building(ビル)の一階と最上階を借りた、「画期的な飲食店を開くつもりだ」。あるまじき行為、前代未聞だ、といくつかの茂みから声が聞こえた。もちろん取り合わずに私は突き通した。事実先駆者(pioneer)は未踏の地に先鞭をつけるから、そう呼ばれる。やってのける、やれるわ、やってみせる、やりなさいよ。打ち上がる呼応と負けまいとする嬌声の張合い。

 朝だ。

 自宅に妻を残す。もうかれこれ半月を過ごす。寝に帰る往復を眠りにあてられたな、開店の忙しさを見越し寝泊りに借りたここの家賃は十二分に回収できた。日本は選択の正しさをかみ締め寝袋と敷布団(mattress)という質素な単身向住居(ワンルーム)を眺めた。あくびが口から漏れる。彼はぐうらぐら首を根元より時計回りに、一階の仕事場へと下りた。

 彼の職種を世間一般は料理人に分類(categorize)するのだが、彼は腹を立てて不満を抱く。というのも雑誌記者に何度幾度繰り返し説明を施しても取材の効果は実に見事なまでつま先を揃えた、埋めしまえとの魂胆か、頁(page)は料理の写真にもう片面もであろうと店の概観が写る。ひどいものだ。更に異文混在の内装と調度品への誤釈が字体(font)を色を偽得(かえ)えた文字で強調される。靴底(sole)を離してはくっつけ取材のやり直しを模擬実験(simulate)した。約束は七分後である。

 時間が惜しい、二分前にtape recorder(テープ)が動く。

 ――この度はお忙しい中、時間を割いていただき感謝します。録音した音声も記事に同封しますのでそのときご確認を。さて、日本さんの指摘を受け見返しました先日の取材はかなり記事の内容と目を疑う乖離が広範囲に且つそこへ記者独自の解釈が盛り込まれてしまっていた。大変な失礼をお詫びいたしまして、過分に余計な時間を設けてこのよう担当を私が代わる次第。名刺は誤りでは、他部署の人材であることが抜擢の理由です。畑違いの識者が選ばれた、と私自身は、ええ自分の事をそう呼ぶのはばかられますが状況から察するに適当な見識に思えたので正直に述べてみました。気に障るようでしたらば訂正をします、よろしいでしょうか。

「ずいぶんとかしこまったしゃべり方ですが?」

 ――家庭の事情による教育が私の本質を形成するに至った。私が望んで獲得した言葉遣いではありません。何しろ徹底的に叩き込まれましたので、他の形式でしゃべるとなるとその分頭の回転が鈍くなるように思えるのでして、しかしこれもまたあなたが望むのであれば、聴きやすい、そうですね、角の取れた言葉に切り替えることは可能です。

「ならば申し出を言葉通りに、変換を願います」

 ――力を尽くしますが、保障の限りは。至らずも承知を、二の舞を踏まずにが私の使命、命題でありますので。

「それで結構」

 ――では本題に。少々質問内容が重複するかもわかりません。何しろ前回は録音機械に頼りすぎたばかり単純で前代未聞押出丸(ボタン)の押し忘れなる思込(おもいこ)みの失態を犯してしまったのですから、勿論それらすべてこちらの落ち度です。日本さんの応対に社を代表し感謝を心より、はい、それでは取材をはじめさていただきます。刻限は三十分を一区切りに設定を。話の腰は折りようがありません、終了時間はこちらからお伝えしにくい、歩調和(rhythm)が崩れた後取り返しがつきません。報知(alarm)による音の合図をお許しください。また、制限時間を決めているにも拘らず非常に不相応な言い分ではありますが未消化はせっかくの好意に反し目も当てられない、尋ねるべき質問が残る場合お手数ですが合図から数え五分の延長時間をいただきたい。いかがでしょうか。、ありがとうございます。それではまず、斬新な料理について、その発想の源、発案はどこから湧き出す、あるいは湧き出るのでしょうか?

「料理を作っている感覚とは対極目新しい創造物をお客に振舞ういわば想像が内製それを具象化した品物を売る、これが提供様式(style)に近いでしょうか。組み合わせの妙に尽きるのですよ。世評には肯定も否定もしません。当然の成り行き、答える意義にむしろ疑問を感じるが、私の答えでしょうか」

 ――世間の評は白と黒に分れるのですが。

「履き違えた捉え方とまるで言いたげ。味覚は一人一味、ならば意見も人の数」

 ――日本さんご自身の意見は?

「口腔巡合(food pairing)に賛同を示すでしょう。なにせその理論に則る品物が私を支える。料理の何たるかを知らず、素人風情が作る料理など食べられたもの……おっと口が滑りそうに、料理など食べられるだろうか、そういった意見はいつの時代もどこへであろうと勿論発信者へ跳ね返る。彼らは自動車の仕組みを理解しているのか、甚だ疑問です。、が操作法を学び試験に合格をするとです、この国では公道で自己責任の名の下に車を走らせる、その許可が下りる。料理も衛生許可を保健所に求め許認可を得、食品衛生管理者資格を有すると、飲食を振舞う環境を個人が得られる。ちなみに取得だが、薬学部の修士課程を終えた者に義務は生じない」

 ――口腔巡合(food pairing)、先月の上旬あたりから耳にする機会が増えました、日本さんが考えられたと伺っています。

「考えたと、大げさな。命名(naming)と云えるかどうか。英語とも日本語とも言難い、造語や和製英語と同属でしょう。発した僕自身を振り返る、朧げな全体像(image)を辛酸を嘗め不自由な言語に翻訳した、と言っておきましょう。名詞の一人歩きが過ぎたのですよ。現に『日調理フードイメージ大賞』の受賞富機智演説(speech)を一度目、海外雑誌『WASHOKU JANPIN』の取材が次に、掲載されたこの二回が他媒体に大きく取り上げられた。物珍しさへ手を差し伸べた、活性剤には具合がよろしい、持て囃し車内を広く私を蹴り落とす。その後の活躍ぶりを確認するすべは残念ながら。television(テレビ)とは二十年前に縁を切りました」

 ――ご自身の研究成果は飲食店開業の手助けとなった。対象を異分野に換えた大きなきっかけ、心を動かす要因を振り返り思い当たることがあればで、お聞かせください。

「食物・食品の検査部門と飲食店の関連を最近、よくよく聞く。前回も申し上げたかと思いますが、そうですね、軌道に乗り始めて五年を要し黒字経営の維持が漸く可能となる、これも独立当初は批判に晒されていた、『独立から日の浅い研究員に試作食品(sample)の検査依頼が舞い込むなど微々たる件数をこなすに留まる、根を上げて泣きを見るぞ』、と。ただの研究者を脱却したかったのです。、当時を振り返るとおんぶに抱っこ、研究施設に頼るばかりの取り組む仕事へは一人前を気取り難色を示す私をやりこめ日々の研究にどうにか没頭することで現実の直視を避け通っていた、その反発心がどうやら立身出世、独立心を掻きたてたのかも。我がことながら過去は都合よく記憶の改ざんに努めてくれる。生きるためが圧力解放もしくは許容量を見越し、長寿に抗う源(もと)を可能な限り対極の絶対領域へ位置づける、のでしょうか。思いついた。専門分野は近いです、血を受入れる機能は備え忘れた、だから整断(cut)済みの野菜・鳥豚牛羊肉・魚貝類を取扱うのかもわかりません」

 ――組み合わせの妙を楽しむ。新形式(system)『持込み食材の整断(cut)』を用いると聞きます。ただ食中毒等の体調不良につき、責めを負う対象が不明確に思われます。

「一切択取(take cut)と命名した。只の今思いついたのです。あなたと話していると、いやはやなるほど、そちらの編集長が念を押しただけのことはある。秀でた才を感じられて、交わすまで半信半疑でした。失礼。水を一口。日に一度の食事を天然鉱水(mineral water)が補う。好ければあなたも。 管理衛生者の選定、は入店時に料金を支払う形態(system)へ切替える、『決定に費やす時間も食事の醍醐味』といわれる押し並べた意見には野菜・肉・魚・貝と四種に大別した中より選んでいただく。食い違い対立(ぶつか)る頭を抱えたregister(レジ)前の滞りは、即時即決へ。『多品種少量摂取だろうが』、『私の分をあなたに』、入店直後に出迎える給仕係へ人数を告げる間に匹敵するだろう。既決、立てる予測をなしに走られもせずだ。、空転あるいはroteting cage(回転かご)の自転」

 ――口腔巡合(food pairing)は、素材が保有する成分の合致(ごうち)率が高いもの同士を開業まもなくは提供し客席へ届けていました。その一週間後お客自身が食材を選ぶ、さらには調理の工程と味付けをも選ばせた。選択権帰属の訴えは予期せぬもしくは予測を上回り急遽、対応に追われた、。

「いや、選択権の享受する前。入店を皮切りに性向は変質するのです。彼らの要求は未来。鬱屈した世を生活(いき)る人々が陥る本旨、解き放つは手段が汗水流した稼ぐ労賃を大盤振る舞いが生の実感を得(う)る。命じたいのです、属隷の日々を送るの者は己より下層へと目の向く」

 ――日増しに高まる要求に危機感が募る、今後調理と食材の提供物種(lineup)を増やす予定は?

「持ち帰り(takeout)の要望は数組ごと寄せられます。あぁ、ほとんど私が接客をまかなう、正しくは接客係と私がです」

 ――店主兼給仕係(waiter)と表現をしても?

「良識であれば」

 ――「異端児」料理界ではそう評されることと思います。古参の料理雑誌では実際にあなたを取り上げた特集記事がため売り上げが落ちたと業界新聞『日本之料理』の報じる紙面が火種を投下、関係界隈を騒がせましたけれど、現在の心境についてを。、それと提供仕様(style)に変更を加える今後の可能性を百分率(parcentage)で示していただけると有難いです。

「面会疑答(inerview)の冒頭で申し上げたとおり、これで三度考えを述べますが、異端の強みは反響と走る衝撃が雄弁に語り平凡をこれは悠遠凌駕でありましょう。あなたが言われたよう踏襲が基に永らえる息に未だ目を背けた、業界の者ら。 すべて時代ごとに組み合わせ、取り合わせに優れる平衡(balance)感覚が、賜物。資本を蓄えた厚薄へ分かれた、平均を嫌う世が慣わしですから不平等の唱えには目を瞑る。とするならだ、目を引く料理や画期的(epoch)な産店(うぶや)は衍曼(えんまん)たらむ勢力を先に見るという行為へ変じ、興味の視線が向くよう惹きつける。つまり姿のほとんどを世に見せてはいるが見えては、ない。客席を回る、聞いた話です。閉鎖(とじ)た斯界(しかい)、技の継承は一にすし文化を終いのは和食文化が廃れた想を危惧し躍起になる地位が復する傾倒たちが諸悪の根源だ、もっぱらの噂です。継ぎ手が減った、シャリは機械化、ならばいっそ幅の取る長尺対面台(counter)席は撤廃、お客の要望を的確に捉えている。ところが『嘆かわしい、冒涜、末世だ』。時代は移り往く、をすっかり忘れ去られるその能力こそ私にとって脅威と言わしめる、嘆かわしくさえある。継続(つづ)く者とが並走は劣る自走につい先ほども過去の荷を積む。方策は、ある。初源(material)のみを送り手へ残すなら外装をその時々(じだい)に任せる、市場経済と強力に延延赤い糸は切れず離さずだろう。時代を博した最盛期(かつて)は、国の片腕を担えた当時の面影と活気は経済活動の最先端を走っていた。二つ一遍には、到底叶ぬ世迷言と、判らぬは自覚のある証でしょうな」

 ――失態を踏まえ全文を載せあなたの判断を仰ぐ。しかし明らかな失言を受け取れた、日本さんの手間をいう。算入(count)してよろしいのですね?

「危うい生命は目の覚めて回避、命の更新に許可が下った。間違っても、いや間違っていても構いませんけど、特定の宗教に入れ込むもしくは教鞭を振るう過去、そのまた親の操舎も否定します」

 時報(alarm)がけたたましく鳴った。一階の飲食floor(フロア)が静を奪い返す。音量をわざと記者の女性は高く設定していた、指のひらを捉えた指示の受ける左手首の小機は流行りの腕時計型端末である。

 ――最後の質問です。明日、命が尽き果てるとしたら。 選択をお聞かせ下さい。

「できることを行う。やれることに手をつける。『ない』を私の眼前より取り去り消し去る。よろしいかな?できない、ありえないは可不可の検証を支える私利貪る甘さとglucose(給源)を共利する。正体を失ってなお挑み、のめり込む溢生気(vitality)は勝手気まま湧き上がるままに出し惜しみや制御(control)やらの支配下より分離・独立を果たす。、質問は正鵠を得ます、期限(limit)の迫る者はその真の姿を現(み)せる。背水の陣、切り立った垂直降下の踏み外せば最後数秒で果てる命の危険にさらせば良いのです。まるで内容に比する積みあがるくだらない教養本だ」

 ――読者は日本さんの仕事に挑むその姿勢にも関心を寄せております。できれば敷衍(ふえん)で失われた箇所を望みます。

「取材内容とかけ離れてますが」

 ――店舗経営、奇抜な発想の原始を読者は望んでいるでしょうから、あながち的外れな質問と、私は思えません。

「昔、弁が立ちすぎて自ら口を閉ざした」

 ――的確を人は嫌います。ありのままを尊重、不具合の原因が渾然一体を生活(いき)る。私個人に時間を割くのは無益です。望んでならなお、できもしない。 、

「『ない』を使うな!」

 ――、『ない』とは否定に使われるないを指すのでしょうか、いきり立って額に角を生やす理由が私にはわかりかねます。

「私の前では『する』といっていただきたい。もう一度だけ使うこれっきり、『ない』は御法度、禁句(taboo)だ。使用をなるべくではありません(・・・・・)、一切の使用を。、気をつけるなどとは以ての外、ついうっかりも認めがたい。よろしいか?」

 ――肝に銘じておきます。あともうひとつだけ質問を。

「延長時間の五分は三秒前に過ぎた。約束は約束でしょう」

 ――原稿を書き上げてそちらへ送付します。明後日に、と考えております。連絡は私個人の端末に、総米(そうべい)出版へはfashion(ファッション)雑誌『DB』の田村と申してください。折り返しの連絡は、どちらに致しましょうか。電子通信(mail)のみのやり取りであったと前任者は申しておりました。即応性(response)の速さでは多少端末が勝ります、ただ互いの所在地にもよりけり。

「では自宅の電話番号を教えましょう。妻が出ます」

 ――時間の延長を許していただき感謝します。それでは。

ごきげんよう

 人通りと車の北上が増える。ざわざわと町がにわかに今日をつむぎに昨日を思い出す。日本正は折りたたんだ西洋風前掛け(epron)代わりの仕事着、白衣に袖を通し寝癖を押さえつけるためと集中力を高める二つの効果を首にかけた集音器官(headphone)に託した。田村が通りにまぎれ、角に面する間口は自動扉へ二拍子高揚跳躍(skip)を踏み似合いの緩む口の端、陽気な少女(ひと)が通過ぎた。