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空気には粘りがある3-1

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 正午を回ると雲に隠れていた太陽が顔を覗かせ、海風の冷たさを緩和する。最寄り駅のすぐ傍に海が広がる光景、しかし住民にはそれが日常で誰一人足を止めて海を眺める者はいなかった。閑散とした駅前。種田は、深夜からの労働に区切りを付けたくてしかたなかったが、これまでに誰一人として目撃者は見つかっていない。 

 早朝から現場保存のために設けられていた交通規制のために駅の前まで渋滞の列の後方が顔をちらちらと覗かせていたが現在では、通過する車のスピードも上がったように感じられる。種田は現場まで鈴木の運転する車で駆けつけていたので、自由になる移動手段は持ち合わせていない。車があれば、昼食を食べて帰ってくる時間もないわけではない。

 大学専用のバスがぐるりとロータリーを旋回して大仰に乗車位置に停車する。すると見計らったように、下りの電車が到着し、駅から続々と生徒がバスに吸い込まれていく。種田は駅入り口、ステップの横の自販機に体を斜めに預け腕を組んで、その様子を観察していた。

 時間が時間だけに、大学生でしかもバスを利用する者が深夜にあの場所を通るだろうか。このあたりは以前に事件で何度か足を運んでいたから知っているが、取り立てて大きな町ではない。しかも住宅街であり、飲食店も数は少なく、ほとんどが午後9~10前後で閉めてしまう。もしかすると、それらの店でアルバイトをしている可能性も否定できない。仕事が終わり帰宅の途に付くと時間帯も一致する。しかし、これは死体の発見が目撃者証言を信用ありきの上に成立する。証言者が犯人の可能性もあるからだ。

 バスが前後に揺れながら重たそうに走り出した。

 種田は缶コーヒーで空腹をごまかした。いつもは食事にはこだわらない。ただ、今日に限っては深夜からの出動なので実質は通常勤務と仮定すると時間的にもう夕方だろう。それはおなかが減ってもおかしくはない。何とか、糖分だけはと思い、スリムなあまりミルクの入っていないコーヒーらしきものを買った。

 短い休憩と食事をかねた休息から種田は離脱し、また聞き込みに戻った。やっと時間に余裕のありそうな、駅からでてくる人が増え、尋ねる割合も増していったがめぼしい情報はつかめずにいた。 

 数時間が経過して、一台の車がロータリーに着く。見覚えのある車。助手席の窓が開く。

 「どうだ?」相変わらず、主語も動詞もない話し方である。種田は助手席のドアを開けて乗り込んだ。

 「有力な目撃情報は得られませんでした。もっとも深い時間、夕方からの帰宅が本来のターゲットですから、見つからないのは当然といえば当然です」

 「休憩をかねて昼飯を食いにいく」

 「よろしいのですか、サボっても?」

 「食べないで一日中動き回りしかも休みもないのは、長期的に考えても理にかなった行動とはいえないと思うが」

 「上司のあなたがおっしゃるのなら、従います」

 「固いな」

 「は?シートがですか、それともステアリングですか?」

 「お前のしゃべり方だよ。もっとこう、柔らかく話してみたらどうだ」

 「どちらでも内容に変わりありません」

 「はあ、それが固いって言ってるの」

 「人によって話し方を変えたくはありませんので、誰とでもこの話し方が最も友好的で汎用性があるのです。熊田さんは、警視総監にも私のようにしゃべるのですか?」

 「それは臨機応変にかしこまって話すよ」

 「でも相手には普段使い慣れていない言葉の使用が如実に、あからさまに伝わる、これははたして相手には好意的でしょうか?」

 「好意的だろうさ。敬語だからな」

 「本心ではなくてもですか?」

 「そういう場所では、かしこまった話し方が標準なの。これだから現代っ子は困る」

 「どこかの哲学者も最近の若者はどうたらこうたらと言ってました。結局は、過去は塗り替えられてしまうのです。上書きです。時が経てば私のような者も普通とみなされます」

 「そういうもんかね」