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就寝前 消灯 ハイグレードエコノミーフロア 

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「隣の席、空いてる?」同様の文言は数時間前に聞いたばかり。アイラ・クズミは薄暗い通路に首を振った。
「関係者以外の立ち入りは禁じられてる」
「左に寄って、それとも私が乗り越えて飛び乗ってもいいんだよ」図々しさ、生来備わった能力に違いない。私心を滅する、敬う心が対象物とは、さすがのアイラも、いやはやおそれいった。後天的に磨こうにも原石を持ち合わせていなくては。石ころは磨くとその身を小さく形を変えるのだが、自覚があるのか無自覚か、傍迷惑な夜更けの訪問である。
 アイラは空間を開けた、窓側の席にmiyakoが座る。カワニはフロア前列の中央、初めの席に戻っていた。彼の頭は背もたれを飛び出す。彼の手元に明かり、映画か仕事の資料に目を通すのだろう、彼のバッグは人一倍ふくよかだった。
「アメリカに用事?」たわいもない滑り出し。
「そうです」
「レコーディング、それともライブかなぁ、どっち?」
「後者です」
「売れてるよね、アイラさん」
「現時点では」
「謙遜って言葉を知るのに敵が多い。だーけど、ファンも多い。手段を教えなさいよ」論理性に欠け、脈絡がなく、意外性の昇華に不発、息絶える。いいや、重きを軽く見なす、という言い方があてはまるか。
「手の内を明かしてもあなたは私のようにはなれない。なろうとすると私になる前にあなたはあなたでいられることをあきらめられない」
「なにそれ、哲学?」
「訊かれた、だから考えを話した」会話に興じていたいの、意思の疎通、というまがいごとを表層で愉しみたいわ。私には到底理解の範疇を超える。尋ねるが、意識はそこにあらず。だったら、である。
「来月に契約が切れるの」私に話す内容だろうか、暗がりに映えた灰色の座席シートが映像を横切る。
 闇で活躍、暗躍する色。
 普段、明るい昼間はひっそりと底辺で周辺にへこへこ頭を下げて、紛れ、基調を保つ。
 それぞれに生きる環境があるように思ってしまう、
 錯覚だ。
 契約、アイラ・クズミの契約は年々更新される。そのほかに個別の契約は月ごとの決まった日に彼女はまとめて書類を片付ける。曲、という商品はさまざまな外形、クライアントが欲しがる理想形に表情を変え、送り出す。各分野を引き寄せ集めた媒体がいくつも新しそうに生を受け、彼らはおよそ私や私の曲の結びつきに首を捻ってしまう、こっけいな仕事を呼び寄せる。普及率が九十パーセントを越える誰しもが持ち運ぶ端末は他分野にファンを広めるに効率的な浸透を担うが、彼女自身その効果はほぼ過剰評価、いや無価値と見なす。就寝とそれまで、起床とそこから、現在の生活の標準的な環境、生活と端末を区切り、切り離す意識は連なった長い長い待機を持ち主に命じる。彼らは切り替えたつもりなのだ。腕に巻く端末も発売されたらしい、キクラが言ってた。常時接続が今後の人体に与える長期的影響をモニターしているのだろうか。その計測結果が出てからでもむしろ早すぎるくらいだ。市場で試してる者たちの遊びに、付き合う暇があったら、有意義な今日にその時間を分けてもらいたいよ。