コンテナガレージ

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兎死狐悲、亦は狐死兎泣 10-1

 滞在五日目。美弥都は普段の出勤時刻に合わせ部屋を出た。施錠を確認、窃盗に遭って困る物など携帯をしない彼女は、入室について就寝前にたどり着いた論理を実践に移した。腕に巻く腕輪型のこのホテル特有の鍵、電子錠という代物。鍵をはずす機会はシャワーか就寝時だろう、部屋に入って即座に取り外す宿泊客も少数だが存在は認められる、部屋に帰って早々靴下を剥ぎ取るよう脱ぎ捨てる感覚を窮屈な腕輪にも抱くのだ。美弥都は木目の鮮やかなドアを指の腹で以って、そっと押し付けるように触れた。
 軽量に作られてる、腕輪に違和感は抱かなかった。しかも個々人の様変わりする腕の太さに応じて腕輪の形状は伸びて縮む。久しぶりに嵌めた腕時計が私の動作の度にその存在を訴えていた、電子錠は重さを物ともせず肌の一部と化し生活は送れていた。
 宿泊者たちに与えられる電子錠はそれらがお互いの鍵を交換しても相手の部屋への出入りは制限されてしまう。電子錠には生体機能計が内蔵、支給され装着した腕輪は宿泊者個人の身体データを瞬時に読み取っている。よって他人へ譲渡、交換、取り外した場合、ドアは開かない。電子錠は同室の宿泊者へも支給される。小学生の室田海里にも大人と同様の配慮、サービスが施されてる。ホテル外に食事に出かける際に一度電子錠を外せはする。しかしなぜか支配人の山城曰く、脱着可能を伝えても宿泊客は断る。それどころか外すわけがないだろう、逆に叱り付けられたこともあった。部屋以外の、回廊、一階通路と喫茶店、地下駐車場とフロントにいる間、犯人が『ひかりいろり』の天窓から屋根を伝い、回廊からの視界と通過を遮断した部屋に降り立つのではなく、仕切りの外側にそっと、雨どいを壊さぬよう手がかりに回廊に降り立ち仕切り板に挟まれたプライベート空間に潜み、警察の捜査をやりすごす。
 体調が優れない人に見えるだろう、美弥都はドアにそっと額も当てる。やはり私には石が合う。
 不可解な点を論うことは造作もない、彼女は考えに戻る。私の滞在三日目に様変わり、思わぬ形で対面を果たした小松原俊彦は予約制の特別室『ひかりいろり』の中央、備え付けた囲炉裏端に、一種独特の観察物さながらの圧縮された半身。人でなかったら芸術作品と見間違える人とは、安易な発想であろう。横たわる人形は認め難い〝物のような人〟であった。変貌を遂げた彼の姿を一旦保留に問題は、天窓の常態である。屋根を伝い回廊に降りる、経路を遡ると天窓を通過、その前は連結する直方体の筒を登った。説明がつかない、天窓は嵌め殺しである。殺害される前日の晩、おそらくは利用時間の終了後に着手した。としても、夜間に大工仕事が奏でる騒音は耳障りであり、しかも宿泊者は月明かり、ざわめく群生した林のコントラストを迫力の大画面で堪能するべくこの地を、『ひかりやかた』を訪れた。当然宿泊初日、もっといえば宿泊者たちは無理を承知で融通をホテル側に聞かせて滞在を願った、窓を開け開き室内にいながら沐浴、月光を一心に浴びたに違いない。つまり天窓に施す細工は天窓ごと取り替えた、という作業工程は認められない。とはいってもだ、ほかに脱出口はあるのだろうか、美弥都はようやく人らしい動きを取り戻した。