コンテナガレージ

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本心は朧、実態は青緑 6

 一報はライブの途中にもたらされた。終局に向う中盤を過ぎた大まかな予定曲の近辺で、カワニがステージ袖に水を持ち、屈んで壇上にあがった。腰の高さほどのテーブルに水は二本、用意されてあった。観客に背中を向けたカワニが、テーブルに手をついて、こちらを窺う、事態の急変をその瞳は告げているようだった。予想は悪い方にばかり当る。いいや、悪い方は予測が成り立ちやすい、アクシデントに決まった形はないのだ。

 約三十分をもって警察が到着する、それまでに極力ライブを終わらせるように、カワニは肩合掌で片目を辛そうにつぶった。

 警察、聞かされたワードがはじき出す展開といえば、殺人と死体である。要するに、先週の阿倍記念館で起きたライブ後の死体発覚に関連もしくは、被害者の増加が予見される。こういったときのアイラは実に冷静である。頭をぐるぐる働かせた。

 三十分の持ち時間、五分の曲で六曲。終盤にはバラードの用意、これを欠くことは難しい、

 お客が望む、余韻を引きずるための作用は爽快感よりも言葉数の少ない響かせる音質に限るのだ。

 となると、彼女はカワニに軽く頷き、水を含む。まだ背中を向けた状態だ。カワニがステージを降りていく、最も注目を浴びるのは彼だろう。教会は上部がラウンドした両開きの扉を開けて、すぐさま室内が視界に飛び込む、外と中の中間は存在しない、ゆえに観客はライブ後の溜まり場の余韻に浸る空間を設けられていないことになる。だから、私は演奏を終えるとそのまま教会を出る算段だった。ただ、気になるのは、カワニの言葉が私個人に警察の要請が下ったのか、ということだ。しかし、それならば、うーん、警察が到着する、という表現は的確な伝達には思えない。聴取ならば、事情を聞く旨をカワニは伝えたはずなのだ、警察は私以外の目的によってここに来訪する必然性が高まる、といえるだろう。すると、やはり、事件の線が濃厚に思える。観客がざわつきだした。いいさ、いかに捉えた認識が間違いであったかを、ひきつけて塗り替えられれば、もう忘れてしまえるのだ。