コンテナガレージ

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鹿追う者は珈琲を見ず 5-4

 石を照らす明かりが途切れる。
「親元を離れた娘を管理?執拗に縁談を持ち掛けるおせっかいならどこの家庭に転がっていそうですが?」用意された部屋の前で足を止めた。大階段は真南の方角に位置、美弥都はパンフレットの左端、方位磁針のイラストを呼び起こす。建物中央に遮る一階から生えた石の筒を迂回し通路を北へ北東エリアの左角、回廊と『ひかりいろり』に挟まれた中央通路を進んだ角部屋が彼女の寝床。不人気、フロントで支配人の山城は申し訳なく空室をあてがったことを詫びた。不思議とこの部屋をお客は嫌うのだそうだ。〝いわくつき〟では説明がつかず、かといって期待値の低いロケーションとも言い難い。中央通路には宿泊客が出し入れする仕切り板はなく、往来の自由度は保たれている。だが、美弥都は回廊の角を見やって不可解に思った。北と東の回廊に面する角部屋は私と東通路と東回廊突き当たり部屋が回廊を仕切ってしまう場合、身動きがとれず、室内にいるならまでしも自由な入出すら制限される。何かしら行き来する方法、脱出用のポールなどのアトラクション型の催しが設置されてなくては、予約殺到の人気ぶりは作られたホテル側の印象操作を疑う。宿泊を希望するお客に対して宿泊の機会に選ばれたお客は圧倒的に少なく、たとえそれほど興味がなかったとしても泊まれなかった後悔が次回の宿泊を熱望させ購買意欲に似た摂取、取得行動にお客は手練手管とも知らずにするする巣穴に呼び込まれてしまう。悪徳、というほどでもしかし、真摯とは言い難い。
 現実に置き去りの鈴木をひろう。「明日、開店の準備が整うでしょう。捜査と推理に割く時間は確保します、宿泊者の出入りをフロントの方に入退出の連絡を送ってもらうよう頼みますので。ただし、無益な待ち時間は各種取り揃えた豆の特質を調べることにも割り当てる。あなたが急がれる訳に私は応えている、よってこれ以上急かされては仕事に支障が生じます、そのあたりはご理解のほどを。情報操作とは、いえ〝現実の暮らしを立てるには〟が適するでしょうか、波を捕まえつつ移動を常とする、沖へ陸へ絶えず漂うさま、これが理想。波間に落とされては這い上がるにも浮かぶ小船、板も近くに漂ってるかは疑わしいのです」美弥都はドアホールをやや上、話しかける。「開店時刻は勤め先に合わせます、取り付けた了承はこの仕事を受け入れる交渉の際に交わした正当な約束ありますので、変に勘ぐらないように、あなたの権利を侵害、抑制するつもりは微塵もありません。想像は個人に許された最大の自由でしょうから。報告なりご質問等は店内で基本窺います、食事には出ません。お客様の来店に応じてもしかすると出られる、出ようとする状況がめぐるかもしれない、そのときはあなたにお願いをします。何せ店長の送迎でやってきましたので、それでは」