コンテナガレージ

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抑え方と取られ方 3-1

 データ収集から一週間の月日が過ぎた。精査するデータには誤差を与えた。平均気温の割り出しとは異なる。あちらは誤差を含まず明確な観測指数のみを数えている。地下道のビジョンに映るニュースが過ぎり、それに対して誤解を招かないよう先手を打ったのだ。

 店主は店内のカウンターで昨日の新聞に目を通す。お客が置いていったものだ。捨てる手間をお客が省いた。新聞や雑誌ならば見ても構わない、という了見は、これらが読むことで価値を生む商品であるから。財布を忘れて中身を見たとしても、罪に問われない。しかし、財布の現金を使えば、捕まるかもしれない。新聞の場合は、何度読んでも価値が減らないから、という見方ができる。そうであるから、他人の新聞を見てもいい、と勧めるつもりは毛頭ない。ものによって何度も価値が見出されるのは、受け取り側が主体に切り替わるからと僕は考える。

 人が行き交う通りを眺めてから店主はページをめくった。大豆は大々的にこき下ろされている。

 「脇役の謀反は、主役に切られるべき」

 新聞は公平な価値をばら撒く媒体と思っていたが、意外にも偏った思想を打ち出しているのだな、と店主は感心する。疑ってかからない人種にとっては宗教のように心の平穏をもたらし、毎日情報を届ける、安定の象徴と言えるか。

 新聞を器用に折りたたむ。捨てるのに畳むのはゴミの嵩を増やさないため。几帳面とはニュアンスが多少異なる、僕は綺麗好きではない。部屋も片付いてはいるが、暮らしの快適さを追求すればおのずと体現される。休日に、まとめて日々に疲弊する体を起こす片付けが非効率に思えたからである。部屋を店内に置き換えれば、調理と接客の乳酸が溜まる肉体を甘えさせ、翌日に掃除を持ち越しでもしたら、汚れはますますこびりつき、結局は作業時間が増えてしまうのだ。

 ゴミ箱に新聞を捨てた。広がらないように、そっと手を入れて置き入れる。