コンテナガレージ

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静謐なダークホース 5-5

 館山が仕込みを続ける背後を通って、釜、出窓に向かう。それでも、やはりラジオは快適に今度はゲストを紹介していた。

「コンセントなら、店長、ホールの左端の二人用のテーブルの下に一つありますよ」館山が顔を横に向けて言った。手元は地鳴りのよう音と振動を奏で、肉を平たく伸ばす。

 館山の指示は的確に店主の要望に答えた。真四角のテーブルの下に、不必要に三つの出口の、正確には六つの穴が確認できた。ラジオをかざす。捉えた周波数がはずれた音を奏でてる。プラスドライバーを手に、ねじを回すと、数十分前と同様の光景に店主は出くわした。内容物は立山に見せたのちに、足元で踏み潰した。コンセントもゴミ箱に投げ入れた。この店には必要のないもの、いつか使うという幻想はいつもからずやってこないものだ。

「しかし、警察が見つけられなかったのは、おかしな話ですよね」館山は思い出したように言った。店主が盗聴器を見つけた十分後のことである。館山の背後、寸胴のスープに浮いた灰汁を丁寧に掬い取る店主に彼女は言ったのだ。「もしかして、警察が調べた後に、誰かが仕掛けたのかも。それなら辻褄があう」半ば一人納得するかのような言い方。仕込みの作業中に彼女が盗聴器についてあれこれ思案をめぐらせていたことがうかがい知れる発言。

「店長は、その怖くなったりしませんか?知らない人が話を聞いていたんですよ」

「聞かれて困るような話に気を使うぐらいなら、口を閉じる。人に話を聞いてもらいたい、という欲求は僕にはないのさ」

「気が滅入って、塞ぎこんでもですか?」消え入りそうな館山の質問。

「気が滅入る時は体に不調を抱えている時が大半だ、僕の場合は。それと現状とを結びつけて悲観に流される。だから、まずは情報を遮断することを優先する。気がまぎれる活動やアクティブさが肝要とはまったく思わない。情報の処理に困っている所へ、新しい情報を入れたからといって容量は減るどころか、増えるだけだ。もちろん、楽しさが情報処理の速度の呼び水や後押しを買って出る、そういった作用もないこともない。現に音楽や環境変化が停滞していた処理を動かすことは僕にも経験がある、だけれど、うん、それは一過性に過ぎないから、時間が経てば、音楽が終われば音に慣れれば、歌詞を覚えれば、または目新しかった環境が当たり前、普遍的に感じられたなら、効果は薄れて処理はまた停滞するだろう。処理に困る場合、ほとんどが現状の把握をないがしろにしている、僕はそう観測するね。見ているようでなにも見ていないのさ。今日の手技は誰の何になって、どうすれば、仕事として完遂できるのか、体も覚えているし、一つの手技の明確化を曖昧に行っていても、そう、前後の関係性、または周囲からの刺激によって行動は失敗に傾かない正確性を維持する。そこでは無意識の処理、という機能が働く。転んで怪我をしないように、階段を踏み外さないように、車が車線をはみ出さないように、計算が意識を回避し最短距離で値を算出、体を動かしてしまう。ただ、これらを意識にあげてしまえたなら、現状を取り巻く不安定さがいとも容易く明らかになる。明らかになれば、次に入り組んだ道を抜け出せるための脱出口が導く」

「店長が宗教をはじめたら、信者が集まりますよ」