「もしもの為に、お金は受け取ることにする。私的な流用ができないように、受け取る際の契約を弁護士に頼むつもり、税理士だったかこういった場合は。とにかく、心配は要らない。それにだ、栄養素が詰まった食品ばかりを館山さんだったら食べ続けるだろうか。これまでも食事に代わる食品は数多く世に出回った。だけど、飲食店もスーパーもなくならないのは、つまりはそういうことなのさ」
「……」
「感傷的な場面に浸っているところに水を差すようですが」レジにいたはずの国見が帰り支度を整え、腕時計を指す。「終電の時間が迫っています」
「ううああっと、まずい。私タクシーで帰るお金なんか一銭もありませんので。じゃあ、これで。おつかれさまです」館山と店主の脇を抜けた小川が一目散に店外そして地下道の階段を目指した。
「お疲れ様です」長身の館山はうなだれたキリンのごとく、首を丸めて、とぼとぼ入り口のベルを鳴らした。すぐに出るのは気が引けた。最後に残った国見が店主のさらに奥を見つめる。
「乗り遅れますよ?」
「先に行って。歩いてでも家には帰れる」
「優しいんですね。お疲れ様でした」
「お疲れ様」
わざと遅れるように地下にもぐった店主。空はうっすら晴れて明かりがぼんやり雲が月に照らし出されて、久方ぶりの挨拶。案の定、改札前で最終電車は出て行ってしまった。電光表示は無灯。
留まって糸がつながる。ほどいても張り付く。
利用ばかりされた昔が思い出される。
おとなしいから選ばれたクラス委員。誰かがやらなくては、何の説明にもなっていない。
どれほど押し殺せば、私は理解されるだろう。私はすべてを理解できているというのに。
呼び声は掻き消える。
途中で諦めた、声には出さないと。
届かないのだ、私とは感性は、どこ、誰に、わかってもらえばいいんだろうか。
地下道。改札をよけて、方角を頼りに進む。
まさに昔の私。
雪が降らない道を歩く。
避けろ。積もった雪を払って欲しいの。自分で払えるさ。見透かして欲しいの、内部まで。自分が見ている。
無駄。
そう、何もかもがね。
代われるかしら。代わろうと思えば。
無意味ね。ええ、無意味。
やっぱり私をわかるのは私だけ。
ええ、でも、ずっと前から、ほんの小さい頃からわかっていたでしょう。
随分な遠回りだった。
歩ける?
足が付いているわ。
進める?
目的があるもの。
起きれる?
試したいことが山済みだもんね。
笑える?
楽しさを許容すれば……。
店主は四駅を数時間かけて歩いた。外はまだ白み始める前の、夜とも朝とも言いがたい、まどろんだ時間だった。