「現実が見えていないともいえる」国見が反対の意見を述べる。
「見えてますぅ」小川が反論。「あえて見ないようにしてるだけ。本当は知ってますよ、並ばされているんだってね。でも、私はまだましな方ですけど、飲食に携わっていてもいなくても、周りが見えていない振りで愉しむんです、みんなそうしてます」
「表向きの情報ばかり、その場しのぎ、現実逃避、誰かの将来なんて語りたくないけどね、雑誌で取り上げられるために作る料理に価値は無い」館山は言い切って、奥に消える。
「リルカさんは絶対に結婚できない」館山の後を追うように小川は席を立って、ロッカーへと歩く。国見が一人、カウンターに立って取り残されている。いいや、何か二人で話したい事柄でもあるような、そんな眼差しである。気が向かないが、店主は問いかけた。随分優しくなったものだと自分を省みる。
「どうかした?」
「刑事さんがここまで送ってくれたので、今日は早く着いてしまって……。ありがとうございます」
「なにが?」
「警護です。帰り道はまだ恐怖が抜け切らないのが現状で、その、か弱さをアピールしているわけではないので、誤解のないように」
「それで?」
手袋を持つ手がせわしなく移動、何かをシェイクするように空洞が指先で振り回される。「あの刑事さん、種田さんとはどのような関係でしょうか?連絡を取り合う仲なのかと思いまして、その親しそうに思えたので……」
「事件からは一度も会っていないよ。違うな。事件後にもう一人の刑事と食事のみの訪問があったか。連絡先は、覚えていたのでも、端末に登録していたのでもない。覚えていた名刺の番号にかけた。つながらなければ、連絡は諦めていた」
「変なことをきいてしまって、私、おかしいですよね?」
「半疑問で訊かれても、おかしいと判断するのは国見さんだよ」
「そうですよね。はい」国見はぐっと身を中心に寄せ、引き締めた。「刑事さんには私から警護を解いてもらうように伝えます。店長からは何も言わなくて結構ですので」
「さっきの人は多分犯人じゃないよ」
「いつまでも頼っていられません」決意の眼差し、あまり深く関わらないのが身のためである。店主はそう判断を早めに、彼女の言葉を飲み込んだ。