コンテナガレージ

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静謐なダークホース 6-5

「店長は、敵にならないと思って許可を出したんですよね」

「うーんと、どうだろか」

「ええっつ」小川が大げさに驚く。「だって契約済ませたんですよ」

「十億円がそれほど大切かな」店主はつぶやく。カレー用のたまねぎの色がやっと黒ずんできた。

「もしかして、店長の実家は相当なお金持ちでした?お屋敷とか、それこそ執事とか、ばあやとかと暮らしていた」

「執事はばあやにはいらないの?」

「そこは取り上げなくていいんです。お金持ちかどうかを聞いてます」

「車は二台あったけど、それは両親が共働きだったからで、お手伝いも両親の働きに見合った報酬を鑑み、自宅の滞在時間が極端に少ない事実に基づいて考えれば、人を雇うことは至極まっとうな配慮だと思う。両親の親も近くには住んでいなかった。僕の面倒を見る人がいたなら、実情は異なっていたかもしれない。だけれど人を雇うのは、子供を保育園や幼稚園、または学童保育に預けることと同等だ。単にそれが自宅に個人的で、特定の人物が身の回りの世話を報酬によって行ってくれていた。家の中に知らない人がいる、というのは異質だし、慣れないとストレスがかかるけれど、自宅のアドバンテージは大きい。ある程度の自由は確保され、許される」店主は続ける。「小川さんが言うのは、精神的な安らぎに金銭的な余裕がもたらす希望の、たとえば誕生日などに贈られる豪勢なプレゼントの確実な獲得でしょう?」

「お金に執着がない人って、子供のころに要望がかなえられていた。だから、大人になってもプレゼントや贈り物をいとわない。ケチって言っているんじゃないんですよ。その人の本質とは、別個の後天的な環境が作用しているじゃないかってこと。うんと、はい、そういうことです」最後の詰まった箇所は、言葉を遡ったと思われる。言葉の選択に気をそがれたのだろう。

「獲得する環境は両親がその大半の役を担う、彼らが受け継いだ、または真実を疑わない習慣を半ば強制的、有無を言わさず、そして堂々選択の余地を一センチも与えずにね」

「やっぱりひねくれてます」額の汗を小川は袖でぬぐう。ぶつかる空気の圧力が背中に吹き付けた、店主は半身になる。「女性受けがよすぎるのが難点かもしれないな、店長の場合。そうだ、そう」

「無関係だと思うけど」

「うああ」小川は高い声でのけぞる。「店長、顔が近いです。びっくりしますし、ドキドキさせないでください」バッと、皮を持ったまま、飛び跳ねて彼女は距離をとる。カエルみたいだ。

「……仕込みを続けようか」

「はい……、無駄口は慎みます」

 しかし、小川の口は五分と待たずに、開口された。

「あの、もうひとつ質問いいですか?」

「どうぞ」

「店長は、一人暮らしですか?」

「一人で寝ている」

「そうではなくて、どなたかと暮らしているのか、もしくは結婚しているのか、ということですよ」

「人に聞くときは、まず自分の内情を打ち明けないと。僕は興味がない。だから、聞かれても答えない」

「ああっつ、またしくじった」

「しくじった?」

「なんでもない、こっちの話です。ああ店長、たまねぎ焦げますよ」