コンテナガレージ

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静謐なダークホース 2-10

「手渡すここまでの道のりも当事者のプランの一部さ。夢を描いて、それに従って、歩いてる。僕が包装を受け取って嬉しがるのは誰?当事者だと、僕は思うね」店主は、箱を丁寧に重ねた。「相手の気持ちに配慮が足りない、そう言われるかもしれない。でも、わかる必要はないよね。個人的な意見に、賛成や同意だけが、正しい受け止め方とは思えない。むしろ、反対や拒否にも居場所を与えるべきだ。労力をかけたから、時間を費やしたから、寝ずに頑張って作ったから、準備を重ねて失敗を繰り返して最高の状態で渡したから、どれも背後の自愛が透けて見えている。間違っているとは言わない、だだし、僕は応えられない。まあ、市販の商品なら食べなくもないけれど」

「本当に、心から店長ってドライ、ですよね」小川が半ば引いた心理をあけすけもなく露呈。

「相手を傷つけないための嘘は、僕は苦手。それなら、最初から拒否する姿勢を常にあらわしておく」

「先輩、ボーっとして熱でも出たんですか。あっ?インフルエンザならすぐに言ってくださいよ」

「この暗号みたいなペンネームに店長は、心当たりがありますか?」

「さあ。でも、見られることを前提とした表記なら、もしかすると僕に解読してもらい、何かしらの想いを伝えたいのかもしれない。僕はそれよりも、球の方に興味があるね」

「先輩、そろそろ休憩ですよ」中身が見れたことですっかりチョコから興味を失った小川は、そそくさと店主同様に箱を持ちやすいように積み上げる。二つの開封された箱を除いてである。

「あの、食べないのであれば、一粒もらってもかまいませんか?」館山が店主の想像だにしない突飛な発言をぶつけた。

「なにに使うの?」

「検査を頼んでみようかと。私の知り合いが食品メーカーに勤めていて、先日ばったり休憩時間に再会しまして、そこでお互いの現状を話してたら、栄養の偏りを補うためのプロジェクトの一員、それも副主任の肩書きで働いているというので、頼めば、手紙に書かれた栄養素の含有量を測ってくれるかもしれません」

「でもでも、ですよ」小川が言う。「自家製で作れますかね。自宅でしかも科学的な配合を企業並みに配合できてしまえては、企業も商売も上がったり」

「問題ないよ、もっていって」

「ありがとうございます」

「暇ですね、先輩。休憩なんだから、ゆっくりゆったりだらっと休めば、午後の仕事も身が入るって構想ですよ」

「……なんとでも言って」

 球状の残りは、小川が既製品のチョコを一箱食べて、開いた容器へ移し変えた。小川に返した言葉に妙な決意を感じた、店主は、館山がベルを鳴らすまでの上着を羽織った足早、箱を抱える様子をじっと見送った。

 手紙に書かれた文字は、店員たちの好奇心をくすぐるどころか、かすりもせずに店主の記憶に保存され、紙は厨房のゴミ箱へ投下された。

 手紙に気がつかない場合を再現しただけのこと。

 ミスプリントの印刷用紙が先客。

 こちらは気づかれて、道を絶ったらしい。

 箱を冷凍庫の奥へ奥へ押しやり、店主はディナーの仕込みに取り掛かった。