コンテナガレージ

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踏襲1-1

 かき鳴らす音色の数々はどれもこれも覚えたてのフレーズ、オリジナルだとは自分でも思っていないのは重々承知だけれど、もっと先、私の理想に近づくには通らなければならない現在地。付き合いはじめたギターの音色はだんだんと本体の色が濃くなったようでそれは私の汗や垢が染み付いたための風合いなのかも。でも、味が出た、これは変わりがない事実であるし、短期間で汚れたか長期間でのそれかの違い。

 朝の演奏を、一曲を通してやり終えた。義務感でやっているのではない。時間を決めてアラームを鳴らさないと学校に遅れてしまうから、あえてこうして浸っていたい時間から切り離すの。

 こちらの三月は関東や西日本とは比べものにならないほど、雪が深く、先週にようやくプラスの気温を記録したのもほんの二日でそれ以降は冬型の気圧配置に逆戻り。雪掻きの苦役から逃れられる淡い期待が消え失せて、外は定期的な降雪を記録していた。手がかじかんで、朝は上手く指が動かない。家族を起こさないために、裏庭のプレハブ倉庫でギターを引いていた。傍らには散歩に連れ出した犬のアランが薄汚れたカーペットにぺたりと張り付いて力なくへたり込んでいた。そろそろ朝ごはんの時間なのでエネルギーがもう切れてしまったのだろう。いつものこと。サモエドという寒冷地が原産のアランはこの程度の寒さはなんとも思っていない様子で、夏よりもずっといきいきとしていた。ここ数年では北国でも南国の陽気が夏場に襲ってくる。こいつにとってはかつてない災難で、もしかするともうすぐやって来る暑さに戦々恐々なのかもしれない。

 「おはよう」食卓には私以外は既に着席していて、これはもちろんいつものこと。エプロンを纏った、私のご飯を運んできた母親ときっちりとネクタイを絞めた父親と弟の影流が家族である。

 「朝から精が出るねえ」呆れて影流が私の着席にタイミングを合わせておはようの挨拶。

 「いいじゃん、お隣さんだって結構離れているもん、聞こえやしやないよ」新聞をたたんだ父親は味噌汁を飲み干し、洗面所に立った。

 「お父さん、もう出るの?」

 「ああ」くぐもった声、歯を磨いているのだ。 

 「私も乗せてって」

 タオルを手に姿を見せた父親が言う。「もう出るぞ、今すぐにだ」腕時計で時間をチエック。