「五分待って」私は答えた。
「車で待ってる、時間を過ぎたら発車するからな」ソファに置いたカバンを掴んで父親が言う。
「はい、はーい」リビングのドアが閉まった。
「ロサ、あんた早く起きてるんだったら、歩いて駅に行きなさいよ」母親がやっと腰を落ち着けてご飯を食べる。
「同意見だね。姉ちゃんばかり優遇されてさっ」影流が不平を述べる。
「毎回じゃないからいいでしょう」一言、言い返して食パンを頬張る。すでに半分が口内に押し込まれていた。牛乳で流し込み、液体に近いヨーグルトを一気にかきこんだ。「ふーん」
「もっと行儀良く食べられないのかしらね」母親が斜めに首を傾げる。
「無理だろうね。外野がいくら言ったって本人にその気がないんじゃ何を言っても聞く耳を持たない」ベーコンと目玉焼きを挟んだトーストを影流が最後の一口で平らげた。
「そうね」
「人が喋れないからって好き勝手に言うじゃないの。だいたいねえ……」結託した二人に反論をぶつけようとして止められる。
「時間はいいの?」
「まずい、ごちそうさま。いってきます」
ブーツは緊急時に素早く出られるようにショートで、すっぽりと靴べらも使わずに履ける。コンクリートの階段を滑らないように慎重に降りて、セダンの助手席に乗り込んだ。
「間に合った」近い天井を仰いで息を漏らす私、すぐに車窓の景色が右から左に流れていく。
「三十秒遅れだ。これで会社に遅れたらお前のせいにするから」本心では決して怒らないのが父親である。感情に任せて叱られたことはこれまでにない。淡白あるいは無頓着の、どちらとも言いがたく、熱量を極めて感じにくい構造で感情が作られているみたいなので、そこに気がつくまでには何年も月日を費やした。不必要に構ってくるよりは随分マシだとこの歳になって体感する。
「大丈夫。今日はだって雪だし、道も混みあう、なんてことないわよ」ハラハラと雪が舞いだした。
「担任の先生が遅刻してきたら、同じように許すだろうか」
「うんと、喜ぶかも。授業が遅れるんだもん」
「怒らないのか?もし、ロサが授業料を払っていて先生が遅れてきたら、どう思う?」
「どうしても私を怒らせたいみたいね。でも、怒りはしないかも」
「言い訳に納得するからか?」