コンテナガレージ

サブスク・日常・小説の情報を発信

再現と熟成3-3

「予定通り、十時の開始となります。ステージ袖に次の出場者が待つ形で進行しますので、最初は一番と二番の方がステージに、順に三番、四番の方を呼びに来ます。ここまででなにかご質問は?」緊張からか誰も手も声も上げない。元気の良かった先ほどの質問者も本番を想定したのか表情は固く、顔色が悪かった。

「それでは、もうしばらくお待ちください」発言者が去ると、たいていはがやがやと談笑が始まるが、発声に余念がない人たちは、一人が声を出し始めると左右を確かめてボリュームを上げていき、ギターの音も加わって入り乱れての斬り合いみたいな構図だった。私は離れてギターをケースから取り出す。触っているだけ。声は極力出さないよう、出場者とは正反対の態度で廊下に出た。壁に持たれてそのなめらかな表面に手を這わせる、間近で見ると、ところどころヒビだらけで、白かとおもいきやうっすらクリーム色の冷淡な壁に背中を合わせて同化してみた。ここでは、室内の音声も和らいで隣町の盆踊りみたいに微かで許容できた。

 そこで何をしているんだい、言葉に変換するとそんなところだろう。廊下を歩く人の視線だ。

 カメレオンのようにはいかないらしい。当然。

 何を歌おうかと、聞いてみる。自作の曲を歌おうか、それともハンデをもらって履きなれた人の靴を靴擦れを覚悟で履いてみるか、考えどころ。答えは決まっているではないか。誰になりたいの?私でしょう?だったら、ねえ、そんな回り道、言い訳を探しているみたいでバカみたい。幼い口調は、究極の選択に利用している。そのほうが白黒をつけやすいから。

 二人が連れられて私の前を通過、緊張をにじませた横顔が遠ざかっていく。女性のグッと握られた右手、後ろの男は胸の前で十字を切った。

 足元のスニーカーは土の茶色で白さに陰り。変なところに気がつく、いつだってそうだ。気が付かない時は囚われている証拠。覚醒していると物事の裏の裏まで見えて本性がわかりすぎてしまうんだ。音楽が鳴り始めて、重低音の振動が聞こえるというよりは、振動として体に伝わる。せわしなくスッタフが控え室を出たり入ったり。インカムが側頭部にかかっていた。