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再現と熟成3-5

「独学です」手取り足取りだと指導者のコピーにしかならない。一定のレベルまでには最短のルートでも、独り立ちには鉄壁の防御でこれまでの道のりが牙をむく。

「私は今日ここへ来て、良かったとはじめて思えました。いやあ、あなたは素晴らしい。オリジナルの曲ですか?」白髪に爽やかなスーツの紳士が子供のようにはしゃいだ表情で感想を述べた。私の前の参加者は、直接感想を言われていない。

「はい」表情をそのままで答えた。

「面白いと思います。あなたは、型にはまっていない。自由で独創性にあふれている。探していたのはあなたのような人材です。いやあ、本当に素晴らしい」称賛がもたらされるけれど、今ひとつ嬉しさはこみあげてこない。

「あの、次に移りたいのですが?」司会者がしゃべり足りない審査員に許可を求めた。

「ああ、すみません」興奮した紳士は我に返ってマイクから口を遠ざける。

 司会者が流れを戻す微笑みで進行を再開。「ありがとうございました」下がってもいいのか、私は左右に視線を移す。すると袖に控えるスタッフに促され、ステージを降りた。次の演奏者が目を丸くしてまじまじと私をまるで異界の生物を見るかのよう驚きの入り混じった眼差しで私を眺めてきた。取り合わないように、気配を殺し控え室に帰還した。配給された水を半分ほど飲み干した。室内はまだ張り詰めた緊張が場を取り仕切っており、開放感の私はマイノリティである。独りなのはいつもと変わらないか。客観的な分析。

 このまま帰っても良かった。しかし、一応は他人の感想を聞いておくのも後学のためと思い直した。ただ、審査終了までは壇上でのチューニングを入れた持ち時間を計算に入れると、ざっと三時間以上をここで過ごさなくてはならない。

 暇つぶしにギターケースからウェスを取り出してギターの手入れをはじめた私。見られている視線ははじめの数分であとは空気になり、通常に変化して私は興味の対象から逃れることができた、こうなればもうこちらのもので、雨音のように降り続いても気にならない。しかし、掃除の範囲、面積は限れられていてものの二十分で拭き残しの箇所は見当たらなくなってしまった。また、ウェスの白も極端に汚れてはおらず、汚れていないのだから喜ぶべきなのに汚れを確認できずに落胆してしまった。ギターの弦は、汗や埃で金属が変色するらしい。腐食というやつだ。これを放っておくと音色が淀んでしまうらしい、弦はそのような状態変化を起こす前に切れてしまうためにお目にかかった試しがないのであった。

 U字型の音叉のとろけそうな振動が斜め向かいからこだました。

 それが合図であったかのようにギターをケースに戻すと、やることが無くなった私は入り乱れる室内の音から周波数が同調する曲を選りすぐって眠ることにした。腕を組んで顎を引いたら呼吸を意識、体の力を抜き重力に任せて暗闇の螺旋を沈んでいった。

 次の場面は、肩に感じた接触で幕を開けた。