コンテナガレージ

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今日からよろしくどうぞ、不束者ですが1-5

 ディナー用の照り焼きに使用する鶏肉をメーンには使わず、リルカはあえて具財の一種に引き下げた。秋めいた陽気に移り変わるとそれにあわせて食欲の増幅は自然に起こりうるが、緩やかな移行は体への負担は少なくて済む、そういった彼女の解釈だろう。僕は賛成を表明した身分、味付けは彼女に任せる。最終的な判断、お客提供するかどうかの試作品のチェックは行う。そこで不適当と認めると、僕が味付けを全面的に担当し、彼女はそのバックアップに立ち位置を変更する。

 多大な権限の委譲、とは思わない。むしろ、そうするべきがお客のためというのが僕の率直な意見。個人的で個性的な味を守る伝統やらに僕はまったく興味を持てない、それどころか非難の対象といえる。食材は食べつくし、料理は作られすぎた。移り変わりの感覚を僕は求める。理念は二人に伝えている。随分と共有してきたと思う。後は委ねるしか、方策は残っていない、というか僕ではないのだから、これがもっともな回答に思える。

 コーヒーの香りが店内にそよそよとまるで風を思わせる風体でドアの隙間、まだ活動を抑えた換気口から逆流して流れ込んだ。通常の出勤時間に迫るころあいだった。

「コーヒーを買ってくるよ」酒と塩で下処理を施した鶏肉を漬け込み、呟いた。館山がまじまじとこちらを見上げる。

「私が買ってきます」ピザ釜のとなりで小川が応えた。

「どうして?」

「買い出しは私の仕事ですから、私が買いに行きます」小川はいち早く厨房を出ていた、サロンはつけたままである。忙しないというか、機敏というか、つまり彼女は飛び出す場合に備えていた。小川安佐は味覚及び嗅覚に関しては、ずば抜けた能力を有する人物だ。僕よりもはるかに数値で測れば、その差は歴然と現れるはず。

「これで四人分を」店主はお尻のポケットの財布からお札を一枚取り出し、カウンター越し、重なる容積の大きい皿の上に手を伸ばし、手渡す。

「私の好みでチョイスしてあげますから、お楽しみにー」カウベルとともに、閃光のような小川の跳ねた足取りが遠ざかった。

「まったく、調子が良過ぎます」館山は左手を腰に当てた。バットに千切りとヘタとヘタの周囲の穴の空いたパーツにピーマンが分けられる、手際のよさは館山リルカに軍配が上がる、小川よりも僕よりも断然腕が立つ。

 僕は事実、技術面は一般的なレベルと同等だと思ってくれて構わない。誇れる繊細な包丁さばきに、繊細な味覚、独特の発想、新技術の積極的な取り入れ等とは無縁な店をここに構えた。