「とまあ、振り返るとこんなところかな」鈴木はそろそろお腹にゴロゴロ、悪影響を及ぼすアイスコーヒーをそろそろと流し入れる。「彼は目撃者だね」
彼、とは隣のテーブルにステッキを突く女性を連れた男性のことである。漏れ聞こえた会話はしかし、曜日と屋上と停電。それらから推測するに昨日のブルー・ウィステリア社屋、屋上の出来事を目にした、といえるだろうか。確証はない。しかも、ここは喫茶店の中。手帳を取り出すには、お客の関心が引いてからでなくては、種田はまだステッキに倒れ込むアンテナが見えていた。そっけない、無関心なお客ほど、人の会話を欲しがる。
「停電だったようですね、調べます」種田は端末を取り出す、昨夜はうっすら雲が広がっていたが、停電の要因はなんだったのだろう。「ありました」彼女は記事の見出しを読み上げる。
<S市中心部の電力供給がストップ>
<二十分の暗闇>
<ブルー・ウィステリアの発表会は非常事態に大盛り上がり>
<非常電源装置の重要性を再び見直し>
<地震リスク回避の大手企業S支社は万全の対応>
<停電の詳細は現在も不明>
<電力会社の謝罪会見が本日の夕刻に決まる>
「ふうん」鈴木はコーヒーを啜る、煙草が吸いたそうな顔だったので、種田はテーブルに置かれた煙草に手を差し伸べる。もちろん、煙草と握手を交わすつもりは毛頭ない。「発表会が昨日で販売が今日、徹夜組なら様子を記録しててもおかしくはないなぁ」軽く会釈のように頭を下げると鈴木は煙草に火をつけた。おいしそうに頬が垂れる、肩も下がった
「最近は徹夜の行列を規制する方針が警察の主な態度です。都心部だからでしょうか?」種田は率直に尋ねた。彼女自身、列に並ぶ行為の理解に及ばない性質だった。当日に手に入れたいという期待感は、他人に倣う行動にしか思えないのだ。そのうえ、予約を申し込めば手に入る商品というではないか。関係の希薄さが口々、いたるところで叫ばれている、だが人は隣家の芝生が気になるらしい。種田にとってはどうでもいいこと、私の車に投げかけられた署員たちの感想ならばわからなくもない、羨望という感情は一切、彼女には沸きあがらないのだ。
「S市と太いパイプなり金銭的な、または政治的な関連があるのかもね」
「憶測ですか?」
「見返りに何かを与える。それなら、要求はしっかり蓋を閉じたままだ」