コンテナガレージ

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お手を拝借、今日はどちらに赴きましょうか?5-6

 乾いた布でサツマイモの水分を取った。後ろでタイマーが鳴る、サツマイモが蒸かしあがったらしい。館山がトマトのホール缶を抱えて、厨房に戻る。ぶつぶつと何かを呟き、店主と小川の間を通り抜ける。釜の横が今日の彼女が確保した調理スペースらしい。作業場は日によって異なる。ランチタイムにピザを焼く担当が館山だった。

 雨が降り出した。ディーナーの前に小雨がぱらつき、屋内から外の様子が見えにくくなって忙しない人通りは、仕事の合間に視界に入る、出窓の景色はいつもよりも早々に打ち切られた。お客の入りは芳しくなく、それでもかろうじて席は満席を待機のお客が一組というラインを保って、本日の営業を終えた。

 厨房内で、店主は明日以降のランチの構想に明け暮れる。一人である。館山から、その作業に加わりたい、と要望を受けた。当然、小川も便乗した要請を願ったものの、実験の段階であるため今日の成果を検討して、明日の朝に仕込みを始める、と言いくるめた。考察の時間と休養とが彼女たちに必須の現段階の取り組みの一つだから、これも言い添える。ただ、彼女たちには黙っていて、実は明日の献立は決まっていた、サツマイモのパスタとサツマイモの素揚げとサツマイモを包んだサツマイモまんを作る。今日から仕込む工程はほとんどないに等しい、僕は構想に入り浸るふりを引き受けたのだ。一人になりたい、そういった気分に浸って帰りたかったのかもしれない。人気のない、ホールの暗がりは何物にも変えがたい。見てるだけ、眺めて、離れた厨房から捉えるのが好きらしい。

 残っていた国見が帰っていく。挨拶を交わして、彼女はドアにかけた手を離した。ベルが変則的に鳴って視線を逸らしたが、いつもより多く鳴り響く音に、カウンターに座る僕は顔を向けた。彼女は張り詰めた面持ち。

「私、まだこの店の移転は早計な行為に思えます」

「僕もそう思うよ」

「だったら、なぜ簡単に受け入れるんですか。こちらの落ち度は一切ありません。私、休憩中に弁護士に話を窺いました。はい、私の独断です。弁護士が言うにはですね……」店主は遮る。