コンテナガレージ

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お手を拝借、今日はどちらに赴きましょうか?5-9

「わかりました。帰ります。ですが……、納得のいく答えであるならば、という条件をつけさせてもらいます。私は店の経営に関わります、店長が移転を押し切りたいと強く訴えるなら、私を説き伏せるだけの説明を」

「なんだか、大げさだね」

「時間がありませんよ。終電は迫っています」

 店主は国見の顔を三十秒ほど感情を殺した瞳で見つめた。

 当然、彼女はひるみ、たじろぐ、むずむず顔のパーツがうごめく。

 我慢が切れた意識の変容が狙い目。いまだ。

「……つまり、新鮮さのなかに古さを込めてみようと思うんだ。外観は新しく、お客も初見のお客を想像に上げる。おそらく常連客も足を運ぶ予測は立てる。すると、店に並ぶお客たちは新旧は入り混じる。そこへ定番のメニューを掲げる。知らないお客、初めて目にするお客は、列に並ぶときに常連の説明や講釈を耳にするだろう。新しい場所だし、誰か他の人物を連れてくるかもしれない、または一人かもしれない、それこそ常連同士かもしれない。不明確だが、新しい物を求めるお客はそれをまた誰かに伝えようと聞き耳を立てる。自慢げに、自分が常連であったかのように。腰を落ち着ける席を作るかどうかは、まだ話し合っていない。とにかく、ビル側の要求が列を作ることだからね。……既存のお客が離れてしまっても、新しい客層が増えるだろう。しかし、これまでの客は本当に離れてしまうのか、張り紙で再開の日時を伝えても、お客は来なくなってしまうのか。離れてしまう日数というのもこれまた実験だよ。何事もこれまでと現在と少し先を織り交ぜないと、変化をお客に強要することは難しいよ、伝統を守り昔ながらの作り物じゃあ、飽きられても仕方ないさ、だって何一つお客の顔を見ていないんだからね。店だって明日にも崩壊するかもしれないことは考えておくべきなんだ、リスクはあるよね、売り上げが落ちるかもしれない。けれど、だからこそ、僕は試したい。新しい客層の開拓につながるかもしれないんだ、この店に戻ってきても」

「明日、明日までに返答を、考えます。それくらいの猶予は下さっても罰は当たりませんからね。お疲れ様です」

 しっかりこちらを見ずに下げられた国見の横顔だった。

 腑に落ちてはいないようだが、現実を受け入れる準備が彼女に欠けていたまでのことで、なんら彼女の仕事における機能が劣っているのではないのだ。店主は紙のカップを傾ける。味が違った。この前と同じものを注文したのに、豆を変えたのかも。

 店に残った経緯を店主は思い出す。……ランチだ。サツマイモの翌日のランチ。明日の出方を量りつつ、甘いメニューを続けてみるのも一興かもしれない、忘れていた甘いもの。それと、テイクアウトをあさっては店内のランチと同時に販売してみようか。忙しくはなるが、料理しだいではどうとでも、工夫を凝らせば、いいんだろうし、それを考えるのが僕の仕事。 

 秋の味覚、秋の甘さ、収穫と食欲の秋。

 店主は適温に下がった多少酸味が舌を刺す液体を含んで、終電に乗り遅れないよう、ホールの時計を見た。

 きっかり午後十一時、秒針が十二を通過した。