「それがなに?見えなくなった私に思い出の場所はもう不要。写真や映像、昔のビデオだって見返すどころか、億劫でもあってさえ、実現には叶わないの」
「すまない」
「あなたせいじゃないわ、私のせいでもない、まして世界や両親でも、まったくない」
「荒れてるね」
「そうかしら?これが通常かもしれない。今までが異常な世界だったのよ」
「強い」
「煙草の灰は落とした?」
「よくみてる。いや、時間を計っていたのか」
「ええ、代用はこの機械がやってのけた一分ごとストップウォッチが単音で知らせてくれる。説明書を見なくても、使える仕様だったようね。上出来だわ」
「気に入ってくれたようだね」
「ええ、それはもう大事にするわ。だから、あなたにプレゼントを返す、そのときまでは二人の関係は続くの」
「ストレートに言うんだ」
「私は言葉が残された。手足は動くが、距離が定まらない。あなたが近寄ってくれないと、私は常に独り」
「君なら、どんなパンを望むだろうか」彼は問いかける。
「色はいらない、匂いが大切。触感は食べてから味わえる、視覚の想像は破棄して、それとなにがいいかしら、形の崩れにくいものがいいわ、パンくずが落ちたら、私は拾えない。あとは、そうね、私でも買えるシステムが欲しい。端末をかざすと、電子マネーのように料金が支払えるの、それって便利だとは思わない?手軽に手に入るの、自販機感覚でね」
「考えて、おくよ」
「……冷たいものが食べたくなったわ、なにか注文してくれない?」
「甘いもの?」
「そう、冷たくて、程よい触感と、少量の小腹を満たす、甘く芳醇で、しかししつこくない、クリームソーダがいい」
「決まってるじゃないか」
「ああ、そうしなさいよ」彼女は頷いた。「懐かしく、適度に、新鮮で、人目を引くパンがコンセプトに適する、いいえ最適」
「それじゃあ芸がない。懐古主義は商業ビルには不釣合いに思う」しかし、彼女の発言はさっさと消え去るどころか、重要性を体内で帯びた。ふくらみ、自ら形を変える用意が整っているアピール、ぐにゃぐにゃ、その本質を変えられたがっている。金光は指摘される前に、煙草を灰皿に押し付け。ウエイターを呼び、注文した。次の一本に今度は断りを省いて、吸ってしまってようやく、二本目の着火後を事後報告で打ち明けた。