「これが、店長が語った推理って言うやつですかあ。なるほど、ほどほど」
「口を動かす前に、手を」館山リルカはピザ釜の温度を調節、汗を拭いたついでに後輩の動きを戒める。
「動かしてますぅ。リルカさんに隠れた右手で混ぜてますもんねー」
「店長はよく承諾しましたね」国見蘭はカウンターのコピー用紙に見入る。その正面に立つ小川安佐は身を乗り出して、何とか文字を視界にとどめようと、片足立ちで踏ん張る。
「断ったさ。だけど、退出の討論よりも素直に受け入れた状況に分があった、それだけのこと」店主はカウンターに背を向けて温めた油、百八十度弱にしっかり水分をふき取る一センチ幅に切った笹の子、衣をまぶした液を、投下する。小川がすぐ隣から覗く。
「移転の準備で大変なときに、うちの店は話題が尽きませんね」
「誰かがトラブルを呼んでいたりしてな、雨女みたいに」
「聞き捨てなりませんね、その言い方」
「じゃあはっきりと言ったげようか、お前が疫病神ってことだよ」
「もう、今日は朝からそればっかり。私が何をしたって言うんですか」
「ランチの準備にちっとも身が入らない態度をいってるだけど、伝わっていないの?」
「やってますって」
「何を?」
「それは、ほら、あれですよ、店長が掻き揚げの試作を作ってますからね、私の仕事は店長の技をぬすむことですよ、えっへん」
「だーれも、威張れとは言ってないんだけど」
「館山さん、釜の温度は?温まった?」店主は小川をよけて、釜の前の館山に訊く。