「ええっと」彼女は温度計を見る。「……はい、あと数分で四百五十度に達します」
「そう」
「店長、ピザも焼くんですか、掻き揚げ選ぶ形態で十分じゃないかと。だってご飯と味噌汁も作って、それにピザを加えちゃったら採算が合いそうにもないと……」
「ピザはテイクアウト用も兼ねる、店内での飲食もお客さん次第さ」店主は隣の小川を見つめる。「昼食はあまり食べたくはない、だけど夕方や帰宅まで、それか夕食にありつくまで小腹が空くんだろうね。僕はそういった経験とは無縁だ、なんとも言えない。けれど、お客さんの最近の傾向では、テイクアウトでは余分にもう一つを買っているように思えたんだ」
「よくみてますね、店長。ずっと厨房に篭りっきりなのに」
「注文を受けてはいるから」
「私は反論しますね」館山がいう。「持ち帰って食べてくれる前提でこっちは作ってます。数時間をおいて食べられてまで、おいしさを味わってもらう製法ではありません」
「生地を調節することはできないの?」店主は油から衣に包んだ掻き揚げを引き上げる。
「できなくは……」館山は眉をひそめる。
「ピザは決定じゃない。かき揚げの丼が今日のメーンだから、間に合わなくてもいんだ」
「そういわれると、店長、私引き下がれません。やりますよ、作りますよ」
館山は腕をまくった、石台に張り付き彼女の姿は柱に隠れて、わずかな後頭部にまとまる髪の団子がちらちらと小川をなめて視界に入る。不可能を覆す館山の張り切りを呆れた面持ちで小川は自らを棚に上げた。「今日に限ってみんな出勤が早すぎません?」開店は午前十一時、店主の出勤は六時前後、館山と小川は八時半、国見でさえ九時半に姿を見せた。移転の動向が気になっていたのだろう。