「O署の種田です」
一拍の間。電話の主は数秒で理解に及ぶ。
「店の電話を使ったの?それとも転送電話かしら?」
「なぜ後者だと?」種田は聞き返し、ベンチに座り直す。
「なぜ?可能性の問題です。各自が端末を所持する時代にたとえ店の電話であろうと、簡単に使用を申し出ることははばかられます。常連であるならば、一縷の可能性があるでしょうが、あなたには私の番号を知る由はありませんし、常連とは呼び難い。しかも、どこへ掛けるのか、電話を借りたのですから店長があなたに質問をしたでしょう、そこで私への通話を許可したとはおもえません。よって、私の端末番号を設定してもらい、転送を試みた」
「電話番号は記憶してます、以前に熊田さんが書けた番号ですから」
「お二人は仲がよろしいようね。結構なことです」
「結構?思い違いもいい、わざと勘違いに思考を働かせるのは聞き捨てなりません」
「あらっ、怒らせたかしら。だけど、そちらの不躾な連絡が先手ですから」
「……」種田は深呼吸。煙草の煙を目一杯吐くつもりで息を吐き出し、空気中含まれる二十一パーセントの酸素を吸い込む。「お尋ねしたいことがあります」
「お断りします」
「そちらへ窺う時間がありません」
「そちらの都合です」
「電話を掛けたのは、そういった都合上のことです。行動を詮索するつもりはない」
「当人にその自覚がないから、なにをしても許されるのかしら?」
「応えてください」
「切ります」
「待て!」
「とても傲慢ね。あなたは自らの職務を全うするのに必死なのでしょう。けれど、私も仕事なの。これから店に戻らなくてはなりません。地下鉄に乗ります。そろそろ改札が見えてくる頃でしょう」
「電車に乗り込む時間をいただきます」
「私は電波状態の悪化に見せかけ、通話を切ることもできる」
「ええ、しかし行動に踏み切らないで、通話を続けた。つまり、私の問いかけにかろうじて興味を抱いた。何気なく車両を待つ時間とを瞬時に天秤に掛けた」
「……どうしても話したいらしいわね。あなたは私の発言を毛嫌いしていた、どこでどうやって気持ちを変換した、あるいは強制的に変換させたのでしょうか、ちょっとわかりかねるのよね、その点だけは」
「そのほかの行動は把握している、そう聞こえます」
「伝わっていなかったかしら?」電話口の音声、語尾が上がる。「何もかも了承済みです」