理知衣音のマンションを後にした熊田と種田は、国道をO市方面へと走行。視界不良、ちらつく雪がワイパーをだんだんと重たくさせていた。
「一度、署に戻る意味はあるのでしょうか。電話で連絡を取り合えば事足ります」種田が姿勢よく進言した。
「欲しいのは事実ではない」熊田は轍にハンドルを取られないようにしっかり握り直す。「明確ではない、はっきりと見えない部分だ」
「否定的な言葉ばかりですね」
「そうか」
「ええ、打ち消しが語尾に多用されています」
「意識はしていない」
「またです」
「断定が嫌いなのかもしれないな。そういう性格なんだろう」
「他人事みたいです」
「仕事柄だろう。自分のことはいつも二の次だから人を俯瞰で見る癖が付いている」
「そうでしょうか、私には間違いを恐れているように映ります。断定は間違えを誘発します」
「正しいことなんてこの世にはなにもないよ。学説や言葉の意味さえも時代の変遷でまったく別の意味で利用される。まあ、違いますよと指摘したい人を排除したいのかもしれんな」
「人嫌いですから」
「言えた口じゃないだろう」
「はい」
種田のバッグがブルブルと震えた。携帯に着信。取り出して通話を始める。「はい。ええ、署に帰るところです。いえ、まだS市ですが。はい、わかりました。ではそちらへ向かいます。住所はいいえ、口頭で言って下さい。忘れませんから。……はい、では後ほど」
「誰だ?」種田にかかってくる電話はこれまで仕事だけであるが、万が一の可能性も否定はできない。熊田は仕事だと踏んで通話の相手を聞いてみた。
「鈴木さんです。相田さんと事件現場にいて、そちらへ来て欲しいとのことです」
「事件?なにかあったのか?」
「死体が見つかったそうですが、詳しいことは現場で話すと。M社関連の報告もついでに伝えるそうです」
「場所は?」種田はスラスラと教えられた住所を伝える。
「海沿いだな」現場はO市とS市西部との境目、沿岸部だ。砂浜と海沿いの森林の一帯だったと記憶している。
熊田は進路を北西にとり沿岸部を目的地に変更し、約二十分後鈴木たちに合流した。現場の一軒家で鈴木と相田に迎えられた。
「お疲れ様です」相田と鈴木は冷気で硬直した口をかろうじて動かした。
「事件だそうだな。お前たちなんで中にはいらない」玄関口で佇む二人に熊田は当然の意見をぶつける。雪の降り方は弱まっていた。
「どうしてです?」熊田の問を受けた鈴木が相田に訊いた。
「現場でタバコは吸えないだろうが」