「私のセリフ」
「言われ続けるといつか真実を帯びる、その実験」
「変なことを試してるわね、いいなあ、私とは大違い」稗田は言葉を垂らした。真下に食いついて欲しいのだろうか、それかこちらの存在に気がついたのか、あたりに散らばった彼女たちの気配が切り替わる、周囲を探る周波数で今度は跳ね返る対象物を捕まえ始めた。想像である。気配の探りあいは刑事にとっては、侍と軍人と殺し屋に次いで実生活で適度な間隔で身に降りかかる体験なのだ。よって、目に見えない意識をしばらく消した。アンテナの感度を落す、一階全体の音声を拾うことになる、しばらくはかすかに聞こえる音声による報告。
「……私が別れた理由を教えてあげようか?」、と稗田。
「話したければ、どうぞ」
「子供ができなかったのよ、どうがんばっても。病院には行けなかった、だってあの人にはね、家庭が帰りを待っていた。休日は家族サービスで手一杯。平日だって、仕事が山済み、出張だってたびたび合ったし、それこそ支店に常時滞在する日は大抵事務仕事に追われる。間を縫って時間を捻出した出会い、そもそも多くを望んだ天罰が下ったんだ。……私だけ確かめてみたの、正常だって、適齢期だって言われた」
「だから、なに?」
「たまに思い出すんだ、あの時無理を承知で、家族から奪っていればって。私もって、もしかしたら、世間には罵倒されるのを覚悟でも半径一メートルぐらいの幸せなら、勝ち取れるんじゃないか、そう馬鹿な考えが過ぎる。未練はだけど、もうすっかりだってこの歳では埋めないでしょう、成人するまで私の寿命は尽き果てるもの」
「答えになっていない」
「何事も思い通りにいかないってことを示してあげたの」
「生まれたときから常に付き合ってる、お節介という名の束縛ならば、解き方を教えてあげられる」