コンテナガレージ

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今日からよろしくどうぞ、不束者ですが3-6

 彼女は、そのとき突然ソーサーにあるスプーンの柄でテーブルを叩いた。ドンドン。店内の喧騒が途絶えていた見落とした空白に響く、前後それから壁際のテーブルに視線を送ると、こちらを窺う気配がさっと引かれた、喧騒が回復する。聞き耳を立てていたらしい。悪趣味、他人の不幸は蜜の味、悪口、噂話は自らを蔑むとは悟れていないようだ、金光は女性にこそルーズな一面を持つも、男性特有の傾向だからか、あまり他人のことを話したりはしない。また、定期的に会う友人というのにもきっぱりと縁を切った彼である。

「さようなら」彼女はゆらりと立ち上がった。引いた椅子を突っ張る音、持ち上げてぴったりテーブルに押し付けて戻す。そこまでしなくても。いや、見えない、だから押し当ててテーブルの位置を測ったのだ。

「一人で平気か?」僕はきく。

「私の夜の行動を真に受けた、一人で帰れる。つまり、自分は怠慢な道案内の付き添いを自宅まで買って出なくていいんだろう。タクシーで送れば、往復の代金がかさむ。しかし、帰りは電車か地下鉄、バスに乗車するという手も考えられる。とっさに思いついた、あなたの頭の働きは常にあらゆる可能性をはじき出す。けれど、瞬間的な動作に遅れが生じ、呼びかけの言葉にも変化が見られる。愚鈍な男だったら、手を貸す動作に立ち上がったでしょう、私がいった事実を信じていてもよ」 

 仏像を見上げている、金光は高貴に輝きを帯び、修行を積んだ人物の説法を受ける感触を覚えた。

 すたすた、白い棒を人が避ける指標としてのみ彼女は使い、地面を探る打音はなりを潜めた。壁際のお客がじろじろと彼女をあざ笑うかのように眺め、蔑み、嘲笑、囁きあい、また笑う。音声は想像だ。まったく別のことを話しているかもしれない。それはこちら側、僕の見解がもたらす思い込み、ともいえてしまうか。

 腰を下ろして座りなおした。金光はコーヒーを啜った。窓に溶け込む自分に何気なく見入った。