コンテナガレージ

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手紙とは本心を伝えるデバイスである3-5

「曲はなぜ聴かなくてはいけないのですか?」
「曲からインスピレーションを得るためです。ただし、一日中聞いてなくてはいけない。方針はたぶん、偏った創作を防止するために聞かせているのでしょう。しかし、私にはそれこそ刑事さんにだって曲の好みはありますから、あまりにも聞きなれない曲やマイナーなジャンルの曲を無理やり聴くのは人によっては苦痛以外の何物でもない。ですが、いざ曲が提供されない事態になれば、慌てたでしょう。つまり、何も考えていないということ。頼りすぎている、ニュースの提供と同じように」
「あなたは話されるほうがいいでしょう」
「なにがですか?」
「話すことで先が見えてくる。次のギアに徐々に手渡して回転数を上げていくスタイルとお見受けしました」
「おしゃべりではありませんよ、僕は」
「ええ、本当のおしゃべりは自分のことをおしゃべりだとは言いませんし、普段も無口な方が多い。世間で言うおしゃべりと豪語する人、あるいは自身でそれを認める人は、単に同じことを見た過去のどれかの記憶をさらって話しているに過ぎません。あなたは違う。私を介して話をして、そこで話が新しい形になびくことを厭わない。そういった人が本来のおしゃべりなのです」
 刑事はコーヒーをまた口に運ぶ。私もそれに習ってナポリタンで栄養を補給した。
「社長室は、表示板のような室内の部署を示すものがありませんでしたが、手前のドアに入ったのは何か理由がってのことですか、それとも偶然やたまたまといった感覚でしたか?」
「なんともいえません。……社長室はもしかするとまた別の場所にあるのではないのかと、思ったのかもしれない。廊下に見えているドアは、一度控え室のような場所に通じていると思ったんでしょうね、自分のことですが、行動を思い返すと曖昧なんです」
「武本さんとは面識は?」
「私は知っていました顔ぐらいは。有名な人ですから、社内では。あっちはたぶん知らないでしょう」
 テーブルが揺れた。性急に刑事は席を立ち、トイレの場所を尋ねた。せわしない人である。あまり掴みどころがない。だが、おどけているようにも見えた。安藤は刑事が席を離れた隙に、皿の残りを食べ切り、食堂を後にした。勝手に席を立ってと思われても、こちらも仕事といえば、問題はないだろう。
 エレベーターはまだ故障中。まるでこのまま直らないように思えた。