コンテナガレージ

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至深な深紫、実態は浅膚 2

2アイラの曲を耳にした直後それはそれは、胸のつかえがすっと取れたの。映像だった、たぶん関東近郊の野外で彼女が伸びやかに無二無三の歌声で、雨の中、一人、たった一人で、それは、魂を削っていた。

 涙が流れたの。浄化されていく感じだった。とても綺麗で、透明だった。何もいらない、と思った。彼女だけがいれば、私はたぶん一人で生きて行けると信じきれた、今でも鮮明に記憶を呼び起こせる。映像の抽出が苦手な私でさえ、ありありと色がつき、匂いすら感じ取れたのは驚くべきこと、射抜かれたって思ったんだ……。

 息をつく。

 顔を上げた。重たいドアを無作法に閉める学生が登場、ふらっと洗濯のシーツが干されるみたいな手前の新聞がかかる一角で停止、室内が汚されたみたい、田畑は再び手が止まった手紙に意識を向けた。それなのに、アイラが頭を離れていかない。ああ、どうしよう、今週だ。会える、同じ空気を吸えるんだ。今日の定期ライブは精神的に無理があった、学生の身分、日帰りだと格安航空券を手に入れて、観覧は可能ではあるけれど、うーん、気が引けてしまう。勉学が第一の私が高い学費を支払って入れて浸る日本文学漬けの日々に泥を塗っているようで恐ろしいの。

 思い上がり、考えすぎ。

 確かに客観的に見ても、勉強ばっかりにかまける学生の割合は全体の一割程度に留まるだろう。だが、手放しには、やっぱりって、私の性格が引き止めるんだ。

 雑念が襲って手が止まる。田端ミキは無造作にそれも両手で頭を掻いた、斜向かいに座る男子学生が若干身を逸らせた、座る直前に彼女が視界に入ったらしい。構うものか、彼女はぐっと身を屈める。イヤホンをそして、ごぞがさと、ポケットから取り出す、端末につなげて再生。これでいい、私だけの空間、世界が出来上がり。はは、最初からこうしておけばよかったんだ。

 そうして、田端ミキは閲覧室で歌声を避けた理由を知る。

 文字が歌声に浚われる。風が舞って、掬い取られた。ああ、生み出した直後には姿が消えるんだった、失敗、後悔……、ふう、あやうく惨劇を繰り返す寸前だった、危ない危ない。