コンテナガレージ

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仕事(フリーライター)、日常、小説、その他諸々

至深な深紫、実態は浅膚 3 

「記念館の真裏からは出られないのですね?」アイラは裏には廻っておらず、右手ついさっき通ったコンクリート造りのパーゴラを前日に眺めて、左手はご利益がありそうな大木の洞を思わせるぽっかり開いた角の取れた外壁の穴を数分観察するに留まった。

「そちらは記念館隣のもう一つの施設、郷土資料館の土地でして、裏は庭園が広がります。飛び越えて入るのは私からもお勧めできません」

「そうですか、わかりました。では、私は寝ます。時間まで起こさないようにお願いします」

「私の手違いで、すいません」

「謝らないで」アイラは言った。瞬き。「次に活かして、次の会場で同一の現象が起こらないよう手はずを整えてください。あなたに期待した私にも当然落ち度はあったのです。信じて欲しいがための謝罪、不測の事態に出くわしたのなら、はい、反省によって落ち込むのはほどほどに」自分でも何を言っているのだろう、わからない、とても親切な言い回しを言ってのけるとは自分が嫌になる、破裂しそうな本心を彼女は撫でた。

 カワニはすっと顔を引っ込めた。室内には私とスタイリストのアキが残る。カワニはアキに気を使いすぎる、私の衣装を任せられる人材の確保に気を使っているのかもしれない、アイラは思う。 

 着替えを済ませた。汗がひいたのだ、帰り支度は衣装と普段着ともあまり代わり映えはしない。ラフな服装をあえてステージ衣装に選ぶ私……、彼女は掠めた記憶を掘り起こす、そうだ、数少ないインタビューで聞かれた過去を脳内で再現した。しかし、それは火をつけ即座に燃やした。おまけに踏みつける灰をさらに細かく塵をつくる。あまりにも無為な記憶だった、これが理由。限りある容量は演奏に曲作りに捧げるべき。

 パーテーションを出て、同じ席に座る。私が帰ってもまだ記念館の撤収作業は引き続き行われるのか、スタッキンチェアに背中を預けるアイラは胸の前に腕を組み、何者も寄せ付けないオーラを放っては、人払いを無言で、息を潜めることで場を作りあげた。数分で控え室から音が消える。心地良いけれど、演奏の余韻が耳の気道で迷子になっているみたいに音が時折、空耳のようにうっすらおぼろげに忘れかけた思い出と瓜二つの存在感で佇んでいた。それもしかし十分もすれば、消えた。

 体の揺れで目が覚める。カワニの顔。準備が整ったらしい、傾いた太陽がどこを探しても見当たらない、赤の景色だって演出を終えたらしく、空はほのかな薄ピンクに染まっていた。バンに乗り込み、ホテルへと私とカワニ、それからスタイリストが部屋に戻った。カワニは私を送り届けて会場へ引き返し、常時端末を手に忍ばせるスタイリストとは部屋の前で別れた。

 このときはまだ次の会場で歌うセットリストを考える余裕と時間がアイラに与えられていた。

 身勝手で従順な事件に遭遇するまでは。