コンテナガレージ

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鹿追う者は珈琲を見ず 2

八月五日

 山に分け入った、私。そとは明るく、なかは暗い。ロッカーに置いたままの予備のリュックといつもの肩掛け鞄を交換、話を訊かれた建物と家は概算で五十キロの距離、不確か、知らなくて良いこともある、ほとんどがそうだろう。幸いに、道は一本だけ。暗い夜道で積極的に迷うとするなら唯一の逸れる分岐点を見落とした場合だ。
 道草。
 ずんずん登山道を登る、ハイカーたちがにこやかな挨拶をこちらに与えた、その顔を車道では見たためしがない、よって偽りと判断。  下方に人、山を下りるハイカーは彼らにも挨拶を交わすか、服装はまさにハイキングに毛の生えた格好。似通った名前が連なる登山小屋、生存確認、死に踏み入る了承、何度も書かれていたか。
 土ぼこりのなだらかな傾斜、ここは生き物の気配がする、遠くでそして身近に。開けた場所に出た。平野、見下ろす、緑に埋まるホテル。大木が避ける丈の短い草がさわさわ風の姿を教えた。  
 林の始まり、奥まった草原のふちでじっと角の生えた奴がつぶらな瞳でちらりぎろりポツリ睨みつけてた。
 矢を放つ。殺す、命をいただく、むさぼる、ほおばる、もらう、奪う、拝借、拝領、私のもの、現れた、それは運命。
 登山道へ引き返した。靴紐を結ぶ、腕時計で時刻かあるいは方位を確かめるついてきた二人を私は睨みつける。
 なだらかな下り、背後にうごめく生き物は気配を消した。麓に下りた、ハイカーたちの車が走り去っていった。目と喉を風が巻き起こって砂埃がふさぐ。
 家に向かう車道、左右の位置関係を太陽に教えてもらいつま先を向けた。路肩に寄せた車が一台、ひっそり運転席に潜む人と影。
 その脇を行過ぎる前に大慌てで急発進、白煙と生き物を焦がす匂いが立ちこめた。高度な感覚を持ち合わせてる、けれど手遅れ。
 ずずずっと道は一本、すっかり役目を果たしたつもりの明かりが沈んでしまう。もっと早くに解放してくれても。
 あとどれぐらいなのか、曲がる道、しっかり体を傾けた、日は利き目のほうに傾いていったの、それが目印、一つで十分さ。
 帰宅。
 外はあかるく、中はくらい。
 服を交換する、人を崇める格好から眠るときの涼しい格好に。   
 ベッドのタオルケット目掛け、私は分け入った。