「点検には行ったようです。ただ、数週間走るとまた似たような症状が表れる。その繰り返しで。もし、その、外から視た日井田さん原因を特定できていれば、そう思って訪ねてみました」
「私は単純に音を比較しました。その方が帰った時間帯は空気の入れ替えで窓を開けていた。真剣に聞いていたら聞き逃していたでしょうね」
「えっ、どういう意味です?」
「聞こうとしていなかったのにたまたま聞こえてきた。意識して駐車場の車をみてもいない、力なく気配だけで探ろうとした結果ですよ」
「剣豪みたいですねえ」
「お話はこれだけですか」
「だけというか、その、はいそうです」鈴木は共有したい空間を押しとどめた。しかし、相手は離れようと翼を広げつつある。
「……カップはあと四つあります、どうぞお話になって下さい」
期待は予測を好意的な状態に上回るのならいつでも大歓迎、と鈴木が高揚して話す。「部品が劣化するんだそうです。日井田さんが指摘したお客は車に疎いと言っていました。ディーラーで車の足回りを見させられても何が何だかわからないそうで、もちろん嘘を付いていることも考えれます。それでも、特定の部品だけに顕著に摩耗がみられるのは不可思議なんです。ここまでで何か気がついたことがありますでしょうか?」
「刑事さんが捜査をなさっている理由がそもそも不明確ですね。事実を汲み取れば自動車会社と顧客、二者のやり取りであるのに、なぜ警察が動いているのか。さしずめ、不特定な予告でもあったのでしょう」
「どうしてわかるんです?」
「本当に予告があったのですか。当てずっぽうだったのですけど」ボリュームを抑えるようにカウンターの端の店長から人差し指を立てたサインが送られる。新聞を読むお客もこちらを見ていた。鈴木はぺこぺこと頭を上下に揺らす。
「ここだけの話にしておいて下さい、M社のサイトに事故が起きると、書き込みがったのです。ただのいたずらだとは思いましたけど」
「けど、なんです?」
「いえ、これも内密にお願いします。数週間前にまったくの別企業に書き込みがあって、そこでは予告通りに事件が起きたので念の為にこの件の捜査は再開された次第です」
「再開?当初は重要視されていなかった」美弥都の手は残りのカップに手をかける。
「警察は良くも悪くも世論に左右される機関ですからね」
「数多くの事件に発展しないいたずらの書き込みと一線を画して警察が捜査に乗り出したのには、なにか特別な理由があるのでしょうね。話し振りからは同一犯でもなさそうですし、たんに書き込んだ日時が近いだけと思えません」
「私は末端の末端なので、詳しい情報は伝えられません」鈴木は側頭部に手を当てる。「担当刑事なのにおかしいですよね?」
「すいません、コーヒーのおかわりを」お客が美弥都に注文を告げて、鈴木の質問は幕を閉じた。鈴木は2本目のタバコを吸い、冷めたコーヒーの残りでこれまでの事件を思い返した。