「それだけっ!?」鈴木は大げさに振る舞うと相田の腕を掴んだ。
「何、驚いてるんだよ」鈴木のすがりつく腕を振りほどこうにも鈴木の腕力は相当なもので、左右に体を捻る相田を持ってしても二人は接触してたままだ。
「だって、だったら車でエンジンかけて暖まっていても良かったじゃあないですかあ」弱まった握力、鈴木は自ら手を離した。
「とくに寒いとは感じなかったけどな、お前寒かったのか。だったら素直にそう言えよ」
「見たら分かりますよ。……ブルブル体を震わせていたのに」
「人が死んだそうですね、亡くなったのはリストの方でしょうか?」冷徹な種田がすぐに本題に移った。
「そう、触井園京子だ」相田がため息をつく。「本人の証言はこれで一生聞けずじまい」
「中は調べたといったな?」熊田が相田に言った。
「はい。めぼしい証拠はなかったように思いますよ。もう一度調べてみますか?」
「そうしようか」
「僕の時は必要ないって言ったのに」鈴木は頬をふくらませた。
「うるさい、お前とは違うんだよ」
「違うってどう違うんです?言ってることは同じでしょう?」
「だったらそこでずーっと待ってろ」
「行きますよ、行きますとも」口論の二人を置いて先に熊田と種田はそれぞれポケットから取り出したビニールを靴にかぶせて室内に上がる。
死体発見のリビングに刑事たちは入室、血を踏まないように一旦キッチンへ。壁を伝って場所を変え、リビングを眺めた。熊田は室内の描写を事細かく凝視と言うよりかは、全体を俯瞰でぼんやりと捉える手法でそれとなく、なんとなく眺めていた。対して、種田は正確に全体の配置を細かく記憶していく、僅かな時間にである。それが種田の能力であった。熊田がこうしてぼんやりと眺められているのは後に詳細な描写を記憶した種田に聞けてしまうからである。ただ、彼女は記憶媒体としては有能であるが人としての能力、主に意思の疎通は不得意としているために大体において熊田が行動を共にする。
血の匂いがかすかに漂っているが、我慢がならないほどではない。口の中にじんわりと鉄の味が呼び起こされる。熊田が忙しく視線を走らせた。初見の印象として、なにか違和感を覚えたからだ。なんだろうか。正体を探る。右手前に入ってきたドア、そこから奥の壁沿いにストーブ、正面の窓とその手前のソファ、天井はシーリングライトで最近買い換えたのか、年期の入った前任者の居座った痕が凹凸の壁紙にくっきりと残る。キッチンからみて左手は通路が続く、風呂と洗面所だろう。
「カーテンがありませんね」種田が先につぶやいた。彼女が言うカーテンとは外側の厚いカーテンのことを指している。レースの遮光カーテンは閉まっていた。
「……そうだな」熊田が種田のつぶやきに答える。
「レースのカーテンがかかってるじゃないですか。あっそうか」鈴木がわざとらしく手を叩いた。
「なんだよ?」隣で急に動いた鈴木に怪訝な顔で相田がきいた。
「だから、こんな大きな窓でレースのカーテンだけなんて夜になったら外から室内の明かりで丸見えですよ。厚手のカーテンが掛けられていないんです」
「あまり気にしないタイプだんだろう、家具だって女が選ぶような趣味というよりは男のセンスだし、住まいに金をかけないのさ。考えられるのは、ここには頻繁に帰らなかった。別荘というかたまに来るくらいなんだろう、隣近所に家があっても、これだけ離れていればわからない」最も近い家でおよそ三百メートルの距離、これは相田の目測であった。