コンテナガレージ

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焼きそばの日4-2

「店長、聞いてますか!」

「聞いてるよ」

「じゃあ逃げないでください」

「まだ仕事中だってことを忘れないようにね」

「それはわかってますけど、どうしたって、お昼から出店の決断が気になっていたんですよ」店長はドアのない倉庫の入り口で水仕事用の白い前掛けをつけた小川に見つめられた。彼女は私の決断が気にいらないと言うが、彼女へのどれほどの影響が考えられるのか、数秒だけ無駄な思考に費やす。

 なるほど、こちらの意向に従ってきた彼女のこれまでが否定されたように感じたのか。しかし、それはもう捨てるべきではある。私を見て、自分を見出すための態度に従ってそこに居座り、蔓延るのだから。

「店の売り上げは平均的な水準を推移。この辺りの飲食店では比較的安価な食材を使っての利益は高い部類に入るだろう。ただ、甘んじて現状に流されたくはないんでね。次の手を考えていたところに、フェス出店の提案が持ち込まれた。僕が犬猿する一過性の人たちのデータを集めてみようとこれまでの形を崩そうと考えたのさ」

「それって、平日のビジネスマン向けのランチをやめてしまうってことですか?」

「土曜に適したランチ開発を試してみたいんだ」

「うーん、土曜ですか」

「納得がいっていないね」店長はスチールラックの一番上に置いたプラスチックのかごを取って、厨房に補充する食材をそのかごに入れる。

「いえねえ、土曜日はわからなくもないですよ。私も土曜で天気が良いと、つい無駄に買い物をしたり、駅まではいつも自転車なのに歩いてみたりして、普段しないようなことについやってしまいがちです。けど、それとフェスって言うのは、結びつきませんよ。ああいったところに行く人は日常的にオシャレを気にする人たちですからね。開放感とか目先の楽しみを優先する、うちの店に反映されるとは。それに夏休みをとって来るのですよ、あの人たち。店には無関係だと思います」

「良く考えているね、小川さん」

「いつも考えてないみたいな言い方ですね」小川は褒められたことを隠すようにこちらに食って掛かる。

「出店費用が三十万円。名前はなんていったかなあの人」

「川上さん」

「そう、川上さんが出してくれるって言うのだから、こちらの費用は食材と保健所に支払う検査代。車での移動が最適だろうから、あとレンタカー代を支払えばデータが取れるんだ。申し分ない提案だと僕は思うけれどね」

「納得できませんよ。だって店長、ああいった場所とかそこの人たちのことを嫌っているでしょう?」

「嫌ってはいない、苦手なだけだ」

「どっちだってかわりはしませんよ」

「小川さんは何に引っ掛かってるの?」店長は食材を詰め込んで彼女に尋ねた。

「……色々言われますよ。よからぬ連中が多いんです。出会いを求めてやってくる人だっているんです」

「だから何?」

「店長は、仕事に集中すべきです」

「ライブを見に行くつもりはないよ。ああ、でも君たちは仕事が終われば楽しんでも構わないよ。次の日は休みだからね」

「そうじゃなくって、もうっ、店長は絶対誘われるし、断り方も知らないからお客さんに押されて長々と話を聞いてしまったりしてしまうんですよ」

「店を閉めたら、僕は翌日の仕込みと睡眠で精一杯だよ」

「ライブは金曜からです」

「行ったことあるんだ」

「……一回だけです。私みたいな音楽と縁遠い人種でも足を運ぶところだから、そのう……」

「店長、ちょっとすいません」ホールからの呼びかけ。店長は、言いかけた物足りない議論に不満足の小川を倉庫入り口に残し、補充した食材入りのかごを抱えて厨房に引き返した。