コンテナガレージ

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適応性1-3

 山遂は警察の車両に乗る自分を客観視して、ひしひしとその体感に酔いしれる。

 願いとは案外にあっさりと懐に飛び込むらしい。貴重な体験である車内の光景に浸りつつも、おぼろげに記憶した景色を車内の真ん中で運転手の刑事に指示を送り、動き始めた等間隔の二本のワイパーを目で追った。

 今日は、明日の建築デザイナーとの打ち合わせの下準備を予定していた。意思疎通の不手際が発生しないよう、社内で選りすぐった英語が堪能な帰国子女を数日前から公民館に呼び寄せている。デザイナーは日本生まれ、日本語を話せると聞いていたが、念のため、日本語が通じない場合の対策は怠らない山遂である。

 信号を曲がる指示を出して、彼は端末を起動させた。メールが届いている。

”明日打ち合わせ予定のクライアントが来ています。すぐに会議室へ来てください。大至急です!”

 明日の打ち合わせは確かなはずだ、間違いはない。しかし、どうしてだろうか。海外のスケジューリングの粗雑さ、大胆さがもたらす日程の繰上げか。手帳の期日も確認する、予定が埋まっている。やはり、会議は明日だ。端末の予定表にもそうだ、明日と明記してある。間違いは、相手側?

 外国人とのビジネスはトラブルが付き物、というのは常識である。割り切って対処するしかないか。まあ、なにぶん取り返しのつかない事態ではない、来日が一日早まっただけのことだ。慌てるな、しっかり気持ちを保て。任された仕事の大きさに就任した去年はキリキリ胃が痛んで眠れない夜を過ごしていたが、これはつまり未踏、未経験の仕事だから先の不安が膨らむのだ、そう解釈を改めてしまえば、なんのことはない、足りなければ補い、修正し、その繰り返しが道を作るのだと体に刻み込めて、やっと息が深く吸えたのだ。

「綿飴みたいな雪だな。外国から旅行客がやってくるわけだよ。住んでる者には牙を向いてるけどな」手を擦り合わせる相田がしみじみと心の内を言葉に出したような口調でものを言った。

 横殴り、視界を奪う交差点を車が左折すると、公民館が右手に見えた。