コンテナガレージ

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エピローグ2-1

 彼女を見かける機会は、日を追うごとに増すばかりであった。今週は、もう三日続けて同じ時間バスに乗り合わせている。彼女は示し合わせた疑いを嫌でも抱く。しかし、山遂は曖昧な現象に流されない、単に乗車時間が同じというだけで、それは自分と彼女としか乗客がいないからであって、もしもこれが早朝の通勤時であったならば、何人の乗客と運命を体感すればいいのだろうか、という矛盾が導き出せるのだ。錯覚、山遂は淡い期待をあっさり捨て去り、今日も疲れを労うコーヒーを車内で傾けた。

「お客さん、着きましたよ」体は揺れる、シートから伝わる振動とは異なる、厚みを介した接触に山遂は体をびくりと正して、あきれて覗き込む深く皺の刻まれた浅黒い運転手の顔に答えた。

「うわ、すいません。すぐ、下ります」手元のコーヒーはこぼれずに、一定の角度、大まかな水平を保っていたようだ、蓋をきっちり閉めなおし、山遂は慌てて立ち上がって前方に足を進めた。何気に、その場所でカードを取り出すほんの数秒の合間に彼女がいつも座る席に視線を送ると、馴染みのない厚さと縦長の本が忘れ形見のように、彼女が去っても存在感を示していた。

 山遂は自分が吐いた言葉を疑う。振り返り、白い手袋と制服の袖から顔を出す腕時計で時間を確かめる運転手に言った。「あの、これ忘れ物ですよね?私が届けましょうか」疑いのまなざしを運転手は作る。山遂は言葉を補う。「知り合いというほど、親しくはないのですが、互いに顔は知っているので、彼女に届けられますよ」

「いえ、私が遺失物管理センターに保管します。行き違いになっては忘れたお客様のご迷惑になりかねませんし、それにお客様を信用していないわけではありませんが、規則ですので……」

「僕が届けます。信用とかではなくって、そのお、乗る電車も同じですし、駅のほうに歩いていきましたよね、彼女?」運転手は山遂の問いにしぶしぶ頷く。「僕が電車に間に合えば確実に返せます。信用とかよりも、このやり取りで乗客の忘れ物が今日中に手元に届くチャンスを失いかねないんですよ!」

「では、……私が忘れ物を把握していたという事実は伏せてください。上司にいやみを言われたくはありませんので」

「今日届けられなくても私は多分、あと数ヶ月はこのバスを利用します。いつでも声をかけてください、ああそうだ、何なら電話番号もお教えしておきましょうか」山遂は時間を確認する。「まずい、電車が出てしまう。それでは」

「お客さんっ!」ステップを下りる山遂に運転手が言う。「信じてますからね」