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巻き寿司の日2-3

「あなたも入会をした、してしまったという方が正確でしょうか」店長はさらりと事実、確信めいたことを言う。

「落ち着いていられるのは今のうち」柏木未来はヘルメットを抱える。

「だったら警察に相談すべきよ」眉に皺を寄せた国見が提案する。

「相談?あんなところは事実を捻じ曲げるだけで、取り合ってもらえない。居場所を協会に教えるようなもんだ」

「私、信用できる警察の人なら知っています。そうですよね、店長」国見は店長に同意を求めた、何か二人の間だけの出来事を匂わせる言い方で、小川は引っ掛かりを覚えた。

 警察、と言えば殺人事件の捜査で隣町の刑事、背の高い女性の刑事ぐらいしか覚えていないけれど……、国見は相談するような仲だったのだろうか、彼女は店長の回答を待った。

「連絡先は覚えています。頼んでも構いませんよ、僕は」

 ゴホッ、ゴホ。ゴホッ、ゴホ。

 咳き込む声、音声が聞こえた。やけにクリアでノイズが取り除かれた音。

 柏木未来が発信源だ。だがしかし、彼女は口を押さえ、体を句の字にしてはいない。直立、片手はヘルメットでふさがり、もう一方は細いくびれた腰に当てている。

 ジーンズのポケットから柏木は小型の端末を取り出した、外国製、ビジネスマンが主に利用する端末である。端末を操作して、音声が止んだ。

「相手に仕掛けておいたGPSが反応を示した、相手は端末と行動を共にする。端末自体に取り付けておけば、協会の人物、私を勧誘した奴の接近を、私の声で発見を知らせる。音でもなく、振動でもない。これなら気がつかないということもない。公共の場所であってもね。ポケットに手をしのばせ、片方は口元を押さえる」

「考えましたね。信じちゃいました」

「無駄話はこれまで」柏木未来は小川に表の様子を見て欲しいと、指し示す。

「うああ」

「来たか!裏口は?」柏木はすでに通路を奥に走った。国見が応える。

「まっすぐです。鍵を開けて、ロックしてあります」重たい扉が閉まって、静寂が訪れたが、静寂はずっと前から店内に居座っていた。こちらの勝手な解釈である。

「誰か来たの?」出窓までやってきた国見が外を覗くが、せわしなく店内に駆け込む通行人は見当たらない。「安佐、嘘ついて、追い払ったの?」

「ちがいますよ」彼女は訂正した。「見てください。釜の中」そこにはまる焦げの炭化したピザ生地。

「驚いたのはこれのことかぁ、何だ、あの人の話、信用するところだった」小川はしかし、国見の気落ちした発言は届いていなかった。タイマーを押したはずなのに、位置を変えた一度目にはタイムは刻まれていたのに……。押したつもりでボタンがきちんと押されていなかったのだろう。

「まんざら嘘でもないらしいね」店長がハンバーグの成形を片付け、シンクで使用したボールを洗いながら、視線でホールの窓を見るように訴えた。小川と国見は目を合わせ、一緒にホールへ出ると、窓に顔を押し付けるフランス料理促進普及協会の田所誠二が整えた髭を見せびらかして、一点を見つめ立っていた。

 彼の視線は、柏木未来が消えた裏口のドアに向けられていた。