コンテナガレージ

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蒸発米を諦めて3-3

「鶏を入れていないカレーは味見をした?」

「はい、あまりというか、こっちに比べると深みに欠けるように思います」

「意見ははっきりというべきだ」店長は指摘。「曖昧さと遠慮はまた別物だから」

「はい」

 店長は鶏肉を入れないカレーを少量、小ぶりな並べて温め、味見。「うん、鶏は入れていたほうがいいね。じゃあ、こっちの鶏入りカレーの感想は?」店長は訊いた。

「辛味と味が濃くて、濃厚さが好きな人には好まれる味です。反対に、毎日は食べたくはない味ですね。もちろん、おいしいですよ、それは間違いありません」

「まずくても、はっきりとそれは本人伝えるべきだ、と僕は思うよ」

「いえ、本当においしいです」

「そう」

「店長は味見をまかされて、たとえば先輩や目上の人が作る料理をまずいって断言したことがあるんですか?」上目遣い、女性にしては大柄な彼女の視線は男性でもあまり出会えない体験だろう、僕が彼女よりも高いために訪れた稀な機会。

「食べるのはお客さんだよ。店の空気、雰囲気は悪くはしたければ、誤ったことをしたなんて思ったこともない。それに店はあまり長い間はいさせてもらえなかったし、学ぶべきことも誰かについて技を盗むのはとても効率が悪い。もちろん、人の下について物事の流れを体に覚えこむのは重要だとは思うが、決められた料理ばかり作っていては、形どおりの物が出来上がる。面倒な自分を立てることばかりな人間とのやり取りはとても不毛だしね」

「店長は、名店で修行されたことはないんですね」

「一言も修行したなんて口にしたことはないはずだ」

「でも、肩書きがないと料理を語ってはいけないような気もします」

「フランス料理や日本料理の名店で修行をしたのだから、誰にでも受け入れられるのなら、世間は名店だらけだよ。客層が違えば、提供する料理も異なるし、料理法も別。食材も食卓に並ぶ身近なものから高級な品までが選ばれる。満足か不満足か、こういう風に作ればおいしいなんてことは、つまるところお客にはまったく関係がない。語る暇があれば、明日の献立、これまでの料理の改善点を探すべき」

「……どこからそんな自信が生まれるのか、私も欲しいぐらいです」

「自信なんてない。恐怖は過去の事例を呼び起こした幻想だよ、失敗が怖いのなら、料理を作ればいい。改善箇所が見つかる。見つからないなら、おいしいだろう」