「あああー、また二人で怪しい、蜜月をかわしてる」
「めずらしく、早いじゃない」館山が小川に応えた。
「だって今日は忙しくなりそうだから、早めに店を開ける場合も考えて、私だってちょっとは店のためを思っているんです」
「朝からよくしゃべる」
「リルカさんだって、店長としゃべっていたじゃないですか。ずるいですよ、私も料理の一つや二つ習いたいんです」
「いいから、早く着替えてきなって」
「なんです、その言い草。ナンです……、その、はい、すいません」
「どこからあの元気が湧いてくるのやら」
二人の不毛なやり取りに目もくれず、店長は強く火を入れた鶏の鍋を味見。鶏の脂身がカレーに溶け出す、スパイスの単調な味にコクが生まれた、悪くはない。もう一つ、焼き鶏、ゆっくり火を入れたバージョンを試食。香ばしさは落ちるが、含んだ瞬間の引き立つ香りは最後まで食べきれてしまえるし、もたれない。
「これにする」
「えっ?」
「疑問がある?」
「……私はこちらの二番目に店長が食べたカレーがおいしいと感じました」
「どうして?」
「それは、その、直感です。具体的な味の違いは上手くいえません。ですが、こちらの方がおいしいとはいえます」
「間違いを指摘したりはしない、それは館山さんにとっては有意義な回答だ。僕は僕の意見の正しさを正当化するつもりはない。食べるのはお客さん、という着地にどう行き着くか。このラインだけを見極める。最初のはあとの二つに比べるとおいしさに欠けた、ここまでは共通しているね?」
「はい、そうです」
店長はあえて鶏の調理過程を隠す。「二番目に食べた鶏は三番目と比べて際立った箇所は?」
「二番目は、そのう、香ばしさです」
「調理行程から味を思い出して話すべきではないと僕は思う」
「何のお話ですか?オリンピックがもうすぐはじまりますね」着替えを済ませた陽気な小川は颯爽と厨房に登場する。
「お言葉を返すようですが」館山は語気を強めた、僕の意見を体現している。面白い、店長は館山を眺める。「お客さんと年齢の近い女性客には私の感覚が通用します」