コンテナガレージ

サブスク・日常・小説の情報を発信

抑え方と取られ方 2-7

「面白い方」女性は笑う。「申し送れました、私、有美野アリサと申します。あは有するのあ、美は美しいのび、野は、野原の野です。アリサはカタカナ。アリスを日本風にアレンジしたようです、母親の趣味です」名前の由来を聞いてもないに、有美野アリサはこともなげに応えた。自己紹介は何度も繰り返され、洗練された感触を受ける。ちょうど、観光地で重要文化財を解説する、建築物には一切興味のない無機質で完成された、遊びのない、きっちりとはめ込まれた言葉を聞いているみたいだ。

 店主は有美野を見つめる。彼女は思い出して、本題に入った。「無償の供給を断る要因を教えていただけないでしょうか?私は大変にこちらの料理をこよなく愛する者。ライスとの愛称は抜群。高級な料理は体験こそすれ、食べ過ぎれば飽きます。その点、こちらでは実に庶民的な味が楽しめ、毎日食べられる。それにまた、知り合いがここのランチを食べ続けて、痩せたとも言っていました。実にすばらしい、あなたには必要ないでしょうけれど、一般的な女性には体重の増減と食事はいつも相容れなく、仲たがいの親友なのですよ。お分かりにいただけます?」

「何もないところから生み出す価値に対価をつけて利益を得たくはありません」

「ならば、私がお米をあなたに売ります」顎を上げて有美野が声量を高める。声楽を習っていたような発声。

「求めてはいない。勘違いをなさらないように」

「お米を使いたくないって言うの?」

「もてない。だから使わないのです」

「だから、提供するって言ってるでしょうに、話を聞いてる?」

「法外な価格で売るつもりではないのでしょう」

「もちろん。あなたが店で使うんですもの、それだったら私がランチを買えないじゃない」

「それが不自然だといっているのです。どうかお引き取りを」店主は手を出した。

「私の申し出を断るの?」彼女の眉が目尻にしたがって引きあがる。

「断りは、あらかじめ断る権利をこちらに委ねることを意味する。あなたの場合は、断りとは違う。僕は強制を拒否したのです」

「僕って?何それ、かっこつけたつもり。ビジネスの話よ。私で話しなさいよ」

「論点がずれてる。時間がありません。どうかお話はこれで」

「馬鹿ね、あなたが同意を得るまで帰らない」有美野はホールの段差に躓きながらも、テーブルに上がる椅子を力強く、回転させて床に音を立てて、そこへ座る。足を組み、腕も組んだ。ホールの段差の際に立つ店主を彼女は見上げて、睨み、意志の強さを、いいや我の強さ見せ付ける。彼女の内部では正しさと間違いの葛藤やその価値観の変化を認めてこなかったのだろう。店主は哀れむように遠目を彼女に注いだ。