コンテナガレージ

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抑え方と取られ方 4-8

「他のお二人はいかかですか?」

「問題ない」マスクをしたままで灰賀が言う。「私には失うものはありません。メニューには載っていませんでしたから、ランチで好評を博したメニューはディナーでも提供される、そう窺いました。今回の場合はどうでしょうかね?」

「ええ、可能性はあると思います。ただ、何度かデータは収集させていただきますし、他の料理との兼ね合い、仕込みに費やされる時間、オーダーから注文までの提供時間等々を考慮した上で、はい、決めさせていただきます。確実に、とは言い切れない。しかし、過去の事例を振りかえるに可能性は十分高いと思われて結構です」

「満足、異論はありません」

「あなたはいかがですか?」店主はカウンターの有美野に訊いた。

「メニューは店長さん、あなたがお決めになるのかしら?」

「彼女、館山さんに相談はするかもしれませんが、おそらくは私が最終的に決定します」

「これまでに登場したメニューをリクエストすることは可能でしょうか?」

「ちょいちょい、あんた何それ、抜け駆け?」斜め後ろの直線状の小麦論者の彼女がホールの段差を降りる、床がきしんだ。

「日本語がまだ不自由のようですね、あなたは」

「その畏まったしゃべり方は狙っているようにしか見えない。リクエスト?だったら私はピザをお願いしたい」

「ランチよ、テイクアウトよ、持って帰るのよ、容器は、紙に包むの?ピースに分けてって、それってピザっていえるのかしら?」

「黙ってなさいよ、店長さんとその点は相談します」真っ赤な舌を妖怪のように引き出す彼女。舌を出す行為が相手を愚弄するというのは、どういった経緯で相手を卑下する意味を持ったのか。最初に舌を引き出した人物とそれに否定的な感情を持った人物とが存在、受け手が他に出来事を話したのか、それとも一連のやり取りを第三者が見ていたのか、店主は考えてしまう。気になると、思考を分けて、動作を最小限にとどめ、考え尽くしてしまうのだ。

 味覚を有する器官、体調の良し悪し、経過を計るためのバロメーター、動物の舌も食べるか、しかしそれは牛だけ。馬鹿にする動作の目を見開くのは、手の仕草の延長ともいえる。急所をさらけ出す、つまり引き抜こうにも、口が閉まってはつかめないだろう、というあざけりだろうか。好意的な意味合いは彼女の動作からは感じられず、正反対の感覚にベクトルは反応していた。しかし、もし仮に自分へ向けられたとしても、それは単なる動作にしか思えない。相手の動きが読めてしまった、予測が可能となった、その後の行動は余韻である。音の響き。

 そして音が思考を裁断した。

 ドアベルがカラリと鳴る。気温のせいか、音の響きが重く聞こえた。