コンテナガレージ

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抑え方と取られ方 2-8

「それでは、私が帰ります」

「待ちなさいって」段差を降りた店主が呼び止められる。これまでよりも彼女の内部を引き出す声の響きだった。

「鍵はレジの下、半透明の箱に入っています。めずらしい形の大振りな鍵です」

「話を聞きなさいって、言っているのがわからないの!」

「応えないから、聞こえていないという理屈はあなたが思った解答を必ず相手は応えてくれるという論理上に成り立つ。私はあなたの執事やあなたに特別の感情を抱いてもいない、許容されるのはあなたに価値を求めるのではない、あなたの背後を誰もが見ている。だから、あなたのわがままも可愛く、また安易に応じられる。すべては自己の利益、身を守るため。存続、息を永らえるパイプ」店主は、半身の体勢で彼女に言う。「してあげているのは、あなた自身がもっとも快感を得られるからである。大富豪がそのお金の使い道にボランティアを選択するのは、賞賛や喜びに浸りたいから。社会的な地位も付与される。この上ない、使い道だろう。しかし、それらは自身の欲を満たした上での話。身の回りで求める最上品や最先端、あるいは偏った自分なりの趣向を追求した形を体言できて、目に触れて、手で感じて、だけどそれらにもさらに新しいものたちにも飽きて、行き着いた先が、提供なのですよ。わかっています、それがどのように作用しているかも。命を繋ぐ者も生を長らえる、新たな安心を約束される住処に見出されるでしょう。……喜びが私心である以上、他者への強制はつまるところ自己満足と虚栄心の複合。私は間に合っている」

「寂しさは吐き出すべきだわ」有美野は腰を上げる。

「嬉しさは共有、怒りはぶつけ、哀しさは吐き出し、楽しさは与える。どれも一人ではまかなえない仕組み。そもそも感情が限られた枠でくくられているのがおかしい。嬉しさと怒りのあいだの感情を私は持ち合わせている」