「だったら、なおさら引渡しは拒否します」
「……店長、私限界です」小川が沈むようにうずくまった。
「国見さん、音を下げて!」手招きする仕草、店主はレジの国見に伝えた。圧迫感が取り払われ、体の身軽さを体感する。「小川さん、大丈夫?」
「三半規管が弱くて、大きすぎる音を聞くと、車酔いみたいになって。はあ、でも、もう平気です、心配に及びません」
「こちらの提案は受け入れられないか、これは今後、意見の変更を望めますか?」比済の声は大きくも小さくもない通常の音量である。危険や脅威が大音量で取り払われた、と判断しているのだろうか。店主はわかりかねる。
「意見とは常に一定ではない、と私は思います。必ずという確証ができないことが、その要因ではあります。本来ならば、代わらないと言い切りたいところですが、一般的な意見よりは長期間の不変が見込める。これもこれまでの傾向による観測しかありませんので、今回に限って例外に該当するかもしれない。つまり、約束はできないが、意見は不変であると捉えてよろしい」
「結局、お答えは?」
「私たちが目にすることを可能にした、大本に聞くのが最適かと思います。権限はそちらにあるのですから」
「残りものは?」
「破棄します」
「世界を救うかもしれない。食糧難を救えるかもしれない」
「根本的な動力は新しい商品を開発する好奇心。あなたがおっしゃるのは、後付けの動機ですよ」
「興奮してます。新発見ですから、誰だって手にとって研究したいと思わざるを得ない、それが、研究者というもの。しかし、私は雇われてます。生きていくためには従ったほうが、のちの流れを作り出すには必要なのですよ」
「だから、チャンスだと?あなたのために?」
「ええ、図太い神経だと思われるでしょうけど。だけれど、直線的な視野を持たなければ研究者の職は勤まりません」
「先輩、何の話ですか?」
「うん?うーん、ちょっとずれてるかも」
「目的の方は、店に現れていました。探すならば店の周辺がお勧めでしょう」
比済は言葉を探す。「……手元のサンプルは、ほぼ形が崩れてます……」
「返却の必要はありません。返さない代わりに、情報の利用はあなた方に委ねようと思います。ただし、店及び従業員への接触関与は一切行わない取り決めを交わしていただきます」
「はい、断る権利は私どもにはありません、残念ですが。彼女とも会えませんか?」館山に彼女は横目で視線を送った。
「通常のこれまでの間柄での接触を今後も維持できるのであれば」
「無理でしょうね」
「ごめん……なんだか、私が頼んだのに」
「会わなくても今生の別れではない。それに、時間が話題を切り替えてくれるわ」
「うん」
「まったく、何がなんだか、さっぱり、ちんぷんかんぷんですよ」小川が一人オーバーリアクション。レジの国見が帳簿を抱えて、カウンターに座る。もう、店を出る時間帯だった。
比済ちあみとの会話を切り上げた店主は、食品の在庫を確かめ、倉庫に引っ込んだ。再び厨房に戻ってきた時に、彼女の姿はなかった。